NO REDEEMING SOCIAL VALUE(ノー・リディーミング・ソーシャル・ヴァリュー)
『WASTED FOR LIFE (ウェズテッド・フォー・ライフ)』

Murphy’s law(マーフィーズ・ロー)直系のニューヨーク・ハードコア・バンドの10年ぶりとなる9作目。彼らがパーティー・バンドと呼ばれている理由は、金色のスパンコールのブーティーショーツを着て、紙吹雪の大砲を群衆に撃ち込むパーティーのようなライブパフォーマンスにある。

 

そのサウンドは、スピーディーなハードコアを中心とした、シンプルでメタルのないオールドスクールなハードコア。Oiなどを取り入れ、熱く男くさいサウンドを展開。ゴリゴリなオールドスクール・ハードコアだが、どこかGORILLA BISCUITS(ゴリラ・ビスケッツ)のような、ポジティヴなポップ感が漂っている。

 

今作では、さらにネイキッドむき出しのハードコアを展開。スピーディーで野太いサウンドが、さらに勢いと迫力を加速させ、Oiやシンガロング、気合の入ったボーカルなど、男くさい要素をさらにパワーアップさせている。アメリカ国家やアイリッシュフォークなどのアンセムや民謡的なフレーズを取り入れ、誇りや楽しさは倍増されている。そこにはまるでクラッカーの糸くずや派手な飾りつけなどがごった返しているパーティーのような賑やかさと、何が飛び出してくるか分からないサプライズ感が漂っているのだ。

 

たしかに祝福ムードに満ちた“Punk Rock Wedding Song(パンクロック・ウェディング・ソング)”や、“Brew Crew”のような飲酒の賛美歌、“I’m Gonna Puke”のようなパーティーの楽しさなどを全面に出した曲が多いが、シリアスな一面もある。“Separation Anxiety(分離不安)”では、保守とリベラル、人種間の対立など、しっかりと社会問題にも目を向けている。

 

だが総じて熱くファナティックで楽しい気分にさせる。ニューヨーク・ハードコアのなかでも、古き良いものを蘇らせパワーアップさせ、パーティーとファン要素を重視した個性的な作品なのだ。

D.O.A(ディー.オー.エー)
『Treason(トゥリーズン)』

77年から40年以上の活動を続け、アメリカ/カナダのハードコア界ではレジェンドとして知られるカナダのハードコア・バンド、D.O.Aの21作目。

 

初期のころからアンチ・ファッション、アンチ・レイシズム(反人種差別)、アンチ・グローバリゼーションにプロテクト・フリーダム・スピーチなどのパンク・アティテュードを貫き、いまだ衰えない活動を続けている。13作目の『Win the Battle(ウィン・ザ・バトル)』では、資本家から労働権利を勝ち取ったカナダの炭鉱夫、Ginger Goodwin (ジンジャー・グッドウィン)をテーマにし、抵抗すると名付けられた20作目の『Fight Back(ファイト・バック)』では、過剰に取り締まる警官をモチーフに個人の自由の喪失をテーマにした。支配者階級層と徹底して戦う、筋金入りのパンク・スピリットを持ったバンドなのだ。

 

初期パンク/ハードコアを中心としたサウンドで、アルバムによっては、スカやレゲェー、ガレージ、Oiなどの要素を取り入れ、微妙な変化を見せていた。前作の『Fight Back(ファイト・バック)』では、シンプルでOi色の強い骨太なパンクロック。そして今作では、エネルギッシュで、スピーディーで、シンプルな初期パンクを展開。Dead Kennedys(デッド・ケネディーズ)のようなテクニカルでメロディックなリフに重点を置き、終始、勢いでぐいぐい押す展開。スピーディーで怒りと苛立ちと焦燥感に満ちた作品に仕上がっている。

 

『国家に対する反逆』というタイトルが付けられた今作では、トランプや金正恩、プーチンなどの独裁者たちを徹底的に批判している。“All The President’s Men(すべての大統領の部下)”では、国民の富を搾取する大統領の部下たちの行動を断罪し、“Wait Till Tomorrow(明日まで待つ)”では、国境に壁を作り、絶望と悲しみ憎しみと悪の連鎖を生むトランプ政権を批判。“Just Got Back From The USA(アメリカから帰ったばかり)”は、人種差別について歌い、“Fucked Up Donald(最悪のドナルド)”は、トランプ政権の最悪な政策をあげつらえ批判している。そしてタイトル曲の“It’s Treason (国家に対する反逆)”では、プーチンや金正恩を、ヒットラーのような独裁者になぞらえ批判している。

 

まさに反権威主義に満ちたパンク・スピリッツ全開の作品。独裁的にふるまう指導者たちを徹底的に反発し、怒りを込めて批判している。アメリカのバンドたちがこぞって批判を控えるなか、彼らは圧力を恐れず果敢に権威に立ち向かっている。< Treason(政治的反抗)>というタイトルには、ただ闇雲に体制側を批判するのではなく、言論の自由を守るという意味も込められているのだ。すべては世界平和のために。

Copeland (コープランド)
『Blushing(ブラッシング)』


19年に発表された6作目。日本ではビューティフル・エモと呼ばれ、ピアノと清冽なギターを中心に、クリスチャンの美しい世界観を表現していたバンド。

 

初期のころから一貫して、クリスチャンの透明な美しさと、氷細工のような脆さと儚い悲しさに満ちた世界観を追求してきたサウンドに変わりはない。デビュー作の『Beneath Medicine Tree(ビリース・メディスン・トゥリー)』ではJIMMY EAT WORLD(ジミー・イート・ワールド)のようなエモに、クリスチャンの美しさを取り入れたサウンドを展開。続く『In Motion(イン・モーション)』では、ギター・ロックとピアノロックを取り入れた真冬のような悲しさを追求。3作目の『Eat、Sleep、Repeat(イート,スリープ,リピート)』ではデジタルとノスタルジックな要素を加え、さらに奥深さが増した。5作目の『Ixora(イソラ)』では、さらにデジタルを全面に出したアルバムと、作品を発表するごとに音楽的な深みが増し、確実に成長しきたのだ。

 

そして今作では前作のデジタル路線をさらに推し進め、デジタル・アンビエントな方向に進んでいる。寝ているときに見る夢が、今作のテーマだそうだ。“As Above, So Alone(アズ・アヴァーヴ,ソー・アローン)”では、残響するボーカルとギターが印象的で、“Night Figures(ナイト・フィガーズ)”では、深い森の奥で小鳥がさえずるような幻想的なサウンドを展開。終始穏やかで心地よい安らぎに満ちている。

 

悲劇的で絶望的な美しさを持ったサウンド。今作もビューティフル・エモといえる作品。それにしてもやはり暗い。聴き終わると陰鬱で深い悲しみに襲われる。まるでそこには繊細で弱い自分をさらけ出しているような強烈な被害者意識がある。不安や悲しみと争いと暴力に満ちた現実世界から逃避するような、美しさと穏やかな安らぎに満ちた心地よい世界。やはりそれがCOPELAND(コープランド)の変わらぬ魅力なのだ。