Fucked Up (ファックド・アップ)
『Hidden World (ヒッデン・ワールド)』

Hidden WorldHidden World
Fucked Up

Jade Tree Records 2006-10-08
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元ノー・ワーニングのメンバー、カナダの80’sボストン・ハードコア・スタイルのカリアー・スイサイドの元メンバー、ルインネイションの元メンバーらによって、結成されたカナダ、トロント出身のハードコア・バンドの06年に発表されたデビュー作。カナダのハードコア・バンドのオールスター的メンバーが集まり結成されたバンドで、結成はなんと01年。デビューアルバムを発表するまで、じつに5年もの歳月を要している。これだけ歳月がかかった理由は、シングル制作に熱心だったからだ。01年から06年までの間、じつに25枚のシングルを発表している。これだけシングルにこだわっていた理由は、おろらく自分たちのスタイルを模索していたからではないか。この5年間は、ライヴ活動を中心に、曲を作っては、シングルを発表し、その繰り返しだった。多くシングルを発表することによって、ハードコアを徹底的に研究し、ブラッシュアップを重ねてきた。そのプロセスを経て磨かれた曲だけが、今回、満を持して発表されたのだ。

 

そんな曲折を経てデビュー作は、ファックド・アップならではのオリジナルなハードコアを確立している。とく彼らならではの個性を感じることができるのは、豊富なアイデアのギターフレーズと、6分を超える遠大な曲が多い部分にある。元来ハードコアというのは、短い曲で1分に満たない曲も多く長くても3分台前半までしかない。だがこのアルバムでは5分以上の曲が9曲ある。その6分近い曲のなかには、いろいろな組み合わせの曲が存在する。たとえば“インヴィジブル・リーダー”では、ガレージのやさぐれたギターから始まり、徐々にピッチが上がり、高揚感がクライマックスに進むにつれ、最後は警告音のようなメロディーに展開していく。いろいろな要素が複雑に混ざりストーリーのように展開している。サウンドのベースになっているのは、80年代のボストン・ハードコア。気合の入った怒声のボーカルからはネガティヴ・アプローチからの影響を色濃く感じ、人ごみをかき分けグイグイ進んでいくスピード感とギターコードには、スラップショットやラモーンズなどの影響を感じる。そこにディスチャージのような執拗に繰り返される2ビートや、ブラッグ・フラッグの闘争心を煽る扇情的なギター、エクスプロイテッドのスピード感、ガレージ、Oi、掛け合いボーカルなど、いろいろな要素を取り入れている。6分という長め曲のなかにハードコアの壮大な歴史が詰まっているのだ。まさにハードコアの既成概念を覆し、新しい形のハードコアを提示した作品いえるだろう。

 

それ以外にもこのアルバムの魅力は、気合の入った掛け声と、熱いサウンドにある。アルバムは終始パワフルで全力で駆け抜けていく。そのエネルギッシュで暑苦しいサウンドの奥には、どこか健やかで爽快さ漂っている。そこにはNYハードコア・バンドのような不良性やマッチョイズムはない。緊張感やシリアスさもない。あるのは中産階級のごく普通の格好をした兄ちゃんたちの、ごく日常的なストレスと怒り。プロレスラーのようないかつい人間の破壊力があるのだ。歴史を紐解き過去から教訓を学ぶ、若干インテリジェンスな一面もある。鬱積した怒りのはけ口を求め、体を激しく動かすことで爽快感を手にしている。体育会系的な爽やかさがファックド・アップのアティテュードといえるだろう。

 

彼らがこのサウンドに行き着き、オリジナルティーを獲得するまで、じつに5年という歳月がかかった。いままで相当膨大な量のハードコアのレコードを聴かなければ、このサウンドに行き着くことは不可能だったのだ。デビュー作ながらオリジナルティーを獲得している、すばらしい作品だ。