Friend/Enemy(フレンド/エネミー)
『HIH NO/ON』

日本ではエモ・レジェントとして知られ、95年から活動しているインディーロック・バンド、Joan of Arc(ジョーン・オブ・アーク)。その中心人物であるTim Kinsella(ティム・キンセラ)の別プロジェクトのバンドがFriend/Enemy(フレンド/エネミー)。

 

Joan of Arc(ジョーン・オブ・アーク)では32枚の作品をリリースし、Owls(オウルズ)では3枚、Make Believe(メイク・ビリーブ)では6枚、Everyoned(エブリワンド)では1枚、そしてソロ名義であるTim Kinsella(ティム・キンセラ)で7枚と、精力的にアルバムをリリースしている。

 

アルバム制作に重点を置き、毎年何かしらリリースしているほど、精力的な活動を続けているTim Kinsella(ティム・キンセラ)だが、Joan of Arc (ジョーン・オブ・アーク)では、牧歌的なアコースティックを中心にデジタル・ノイズなどを取り入れた、素朴で淡々とした静謐が魅力のサウンドを展開。Make Believe(メイク・ビリーブ)では、エレキギターでマスロックなメロディック・サウンドのバンド活動をしていた。Cap’n Jazz(キャップン・ジャズ)のオリジナルメンバーにより結成され、ファンク・ギターが魅力のOwls(オウルズ)、Joan of Arc(ジョーン・オブ・アーク)をもっとチープでラフに、弛緩したムードの一人語り弾きのTim Kinsella(ティム・キンセラ)・ソロプロジェクトと、それぞれに違った楽器や音色を使い、微妙に音楽性の異なるバンドを展開してきた。ライヴよりも、アルバム制作にこだわった活動をしているミュージシャンなのだ。

 

そして今回、Friend/Enemy(フレンド/エネミー)名義で作品をリリース。そもそもこのバンド自体は01年に結成され、メンバーは、Tim Kinsella(ティム・キンセラ)、Todd Mattei(トッドマッテイ)(ex Joan of Arc(ジョーン・オブ・アーク))、Nate Kinsella (ナイト・キンセラ)(ex American Football(アメリカン・フットボール))などが中心となって活動。Smith(スミス)とCaptain Beefheart(キャプテン・ビーフハート)を合わせたルーズなフォーク・パンクをサウンド・コンセプトに、バンド活動を始めたそうだ。

 

結成から19年経ってアルバムをリリースした理由は、16年11月のアメリカ大統領選挙に衝撃を受け、制作したそうだ。“Fascism and Yin Yangs(ファシズムと陰陽)”や“Totally Totalitarianism(完全に全体主義)”という曲のタイトルからは、プロテスト・ソングのような政治批判のような内容がうかがえるが、全体的に漂っているムードは、牧歌的で明るくポップ。エモーショナルな叫びはなく、いつになく冷静で子守歌のような穏やかな歌声で歌っている。怒りや憤りはなく、終始穏やかで黄昏れた感情に満ちている。ここではプロテストソングのような政治的なメッセージ性は感じられない。もしかしたら穏やかな音と個々の音がぶつかり合うアンサンブルで政治的なメッセージを表現しようとしているのかもしれない。

 

基本的にはアメリカン・カントリーをベースにしたメロディックで牧歌的なギターロック。“Fascism and Yin Yangs(ファシズムと陰陽)”のように、壊れたオルガンやパーカッション、コントラバス、モーグシンセなど、いろんな音色を詰め込んだ実験的インストゥルメンタルもあれば、“Outstanding Balance Indeed(アウトスタンディング・バランス・インディード)”のような即興ジャズの曲もある。都会的でドラマティックなジャズ・ピアノの“The Decline of Ballooning(ザ・ディクライン・オブ・バルーニング)”など、バラエティー豊かなサウンドを展開している。メロディーの音粒が光の屈折のように曲がり、音が水しぶきのようにキラキラと光っている。おそらくTim Kinsella(ティム・キンセラ)の作品のなかで、一番ポップで、大人で、メロディックなサウンドではないか。明るくメロディックなギターロックに、実験性をうまく融合し、屈折したポップ感を作りだしている。

 

エモーショナルで衝動的だったJoan of Arc(ジョーン・オブ・アーク)や、チープな録音機材で自己満足だけを追求したソロプロジェクトなどと比べると、丁寧な音作りで誰もが受け入れられるポップなサウンドを、Friend/Enemy(フレンド/エネミー)では、意識して作られている。ここまで大衆受けするポップなサウンドのアルバムを作ったのは、Tim Kinsella(ティム・キンセラ)のキャリアで初めてではないか。だからといって、丸くなったとは、迎合したとか、けっしてない。むしろ大衆受けするポップに仕上げることによって、強烈な政治的メッセージを、みんなに伝えようとする意志が込められているようにも感じる。ポップに毒を混ぜ蔓延させる感覚。あいかわらずTim Kinsella(ティム・キンセラ)らしい屈折した意図を感じるいい作品なのだ。

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