Zulu(ズール)
『A New Tomorrow (ア・ニュー・トゥモロー)』

ロスアンゼルス出身のパワーバイオレンス・バンドのデビューアルバム。21年はTurnstile(ターンスタイル)の『Glow On(グロウ・オン)』、22年はSOUL GLO(ソウル・グロー)の『Diaspora Problems(ディアスポラ・プロブレムス)』、そして23年はZulu(ズール)の『A New Tomorrow(ア・ニュー・トゥモロー)』がハードコア部門のベスト1といわれるほど、ちまたでは評価の高い作品だ。

『A New Tomorrow(新しい明日)』というタイトルの今作では、野獣のようなどう猛さのパワーバイオレンスが、味わい深さのあるR&Bやソウル、ジャズ、トライバルのサンプリング音楽に変わっていく展開。パワーバイオレンスとジャズやソウルとの融合ではなく、激しさから美しさと穏やかさへとドラマティックに曲が変貌していく、2面性のコントラストがある。

“Music To Driveby(ミュージック・トゥ・ドライブバイ)”では、重いリズムのパワーバイオレンスからソウル・ミュージックのソウルフルな歌声へと変わっていく展開で、“Shine Eternally(永遠に輝く)”は南国のようなトロピカルなイントロの曲。“We’re More Than This(私たちはこれ以上ないほど素晴らしい)”では、ヒップホップな歌い方でジャズと合わせている。R&Bやジャズ、ソウル、ファンク、レゲェにトライバルな民族音楽などの黒人音楽を、パワーバイオレンスと交差した楽曲。そこには、アフロ・アメリカンの矜持や、差別や怒り、痛み、悲哀などの感情と、歴史と文化と伝統すべてが走馬燈のように流れていく、内容に仕上がっている。

だがそこにある感情は、怒りや憎悪だけではない。団結や希望についても語られている。“Fakin’ Tha Funk (You Get Did)ファッキン・ザ・ファンク(ユー・ゲット・ディド)”では、<誰もが黒人になりたいと思っているが、実際に黒人になりたいと思っている人はいない>という考えに怒り、“Must I Only Share My Pain(私は自分の痛みだけを共有しなければならない)”では、タイトル通り、自分の痛みを共有するだけでいいのか?と問いかけている。“Créme de Cassis By Alesia Miller & Precious Tucker(クレーム・ド・カシス バイ アレシア・ミラー&プレシャス・タッカー)”では、女性ボーカルの美しい歌声の語りで、なぜ黒人であるが故に差別され苦しまなくてはいけないのか?黒人であるために貧しい生活を強いられなければいけないのかと、黒人であることの痛みや悲惨は状況を、切実に訴えかけている。

そこでは黒人の誇りや劣等感、祝福と呪い、喜びと怒り、愛と憎しみなど、対立する感情の狭間で気持ちが揺れ動いている。白人に痛みを理解してもらうだけで問題は解決するのか?憎しみや対立を超えて一つになれることができるのか?平等な権利を得られるのか?喜びや愛は得られるのか?葛藤し、逡巡しながら、我々リスナーに問いかけている。

フロントマンのAnaiah Lei(アナヤー・レイ)が「俺たち黒人の文化はとても豊かで広大で、そのすべてを説明することができないし、俺たちが経験するすべての困難を通じて、それが何であるか、定義するものではないと語っていた。だからこの作品を作るトピックには、コミュニティーでの団結と愛、俺たち自身の希望を訴えたかった」。と語っていた。この作品では、黒人への差別や虐げられた怒りだけではなく、黒人音楽の美しさとすばらしさ、なにより黒人の魂の素晴らしさに焦点をあてている。まさに『新しい明日』というタイトルが示す通り、黒人の新しい明日という未来への希望が込められた作品なのだ。

音楽的な新しさでも、ハードコア精神の部分でも、まちがいなく今年ベスト1候補の作品だ。