ここではアメリカで2021年に上映された映画『Dope, Hookers and Pavement(ドープ、フッカーズ&ペイヴメント)』を中心に、1980年代のデトロイト・ハードコア・シーンについて紹介したい。
映画『Dope, Hookers and Pavement(ドープ、フッカーズ&ペイヴメント)』は、1981年から1982年にかけて、デトロイト市内で最も治安の悪い地区であった、キャス・コリドーで繰り広げられた、デトロイトのハードコア・シーンを紹介したドキュメント映画である。
出典:Youtube
このドキュメンタリーには、Negative Approach(ネガティブ・アプローチ)のJohn Brannonジョン・ブランノン(Negative Approach)、Meatmen、Touch and Go(ミートメン、タッチ・アンド・ゴー)のTesco Vee(テスコ・ヴィー)、Minor Threat、Dischord Records (マイナー・スレット、ディスコード・レコード)のIan MacKaye(イアン・マッケイ)、プロスケーターのBill Danforth(ビル・ダンフォース)、Necros(ネクロス)、The Fix(ザ・フィックス)、Violent Apathy(ヴァイオレント・アパシー)、Bored Youth(ボアード・ユース)のメンバーなど、デトロイト・ハードコア・シーンの主要人物のインタビューが、計70以上収録されている。またフリーザーでのライヴ映像も収録。
出典:Detroit Public Radio
デトロイト・ハードコア・シーンはボウリング場を改修したブッキーズいうライヴ・ハウスから始まり、その後シーンはフリーザーに移った。フリーザーとは、デトロイトのD地区にあった倉庫にも似た小さく薄汚れたライヴハウスで、デトロイト・ハードコア・シーンの震源地となった。
デトロイト・ハードコア・シーンは、デトロイトの郊外に住む白人の10代の若者のスケーター・キッズによって支持されていた。演奏するバンドたちは、モータウンの街として知られるデトロイトらしく、ミシガン州の労働者階級出身の人たちでしめられていた。そのバンドもクリエイティブで荒々しく異質で、若者たちが互いに出会い切磋琢磨し、驚くほど素晴らしい曲を解き放った。リアルな反ファシスト、反権力的について歌い、尋常でないエナジーにあふれ、アメリカン・ハードコアのひな型となった。
デトロイトの初期のシーンは、グラムロックやAlice Cooper(アリスクーパー)などに影響を受けたメロディックに重点を置いたパンク・シーンであった。ヘヴィーな音楽であるハードコアへとシーンが変化した原因は、1979年にミシガン州イーストランシングで創刊されたファンジン、Touch and Go(タッチ・アンド・ゴー)の存在と、Teen Idles(ティーン・アイドルズ)のデトロイトでのライヴが大きいだろう。
Touch and Go(タッチ・アンド・ゴー)は、Meatmen(ミートメン)のフロントマンのTesco Vee(テスコ・ヴィー)とDave Stimson(デイヴ・スティムソン)によって共同設立された、執筆・制作された自費出版のファンジンで、1981年にはNecros(ネクロス)のベーシスト、Corey Rusk(コーリー・ラスク)が加わり、独立系レコード・レーベルへと成長を遂げた。Tesco Vee(テスコ・ヴィー)の話では、当時のデトロイトのパンク・サウンドに飽き、アメリカで台頭しつつあったハードコア・ムーブメントに刺激を受け、ハードコア・レーベルを立ち上げたという。
81年に4月、Teen Idles(ティーン・アイドルズ)のデトロイトとのかかわりは、自分たちの7インチEPをTouch and Go(タッチ・アンド・ゴー)を送ったことから始まる。その出来事をきっかけにハードコアバンド同士の交流が始まり、アメリカ中を網目のように網羅したハードコア・ネットワークが生まれる。Necros(ネクロス)はMinor Threat(マイナースレット)とともにDCでライヴを行い、交流が生まれた。それまでのデトロイトは、セックス&ドラック、ロックンロールという考えのバンドが多かったが、Minor Threat(マイナースレット)の「Out of Step」という曲が、デトロイトという都市に、ハードコアのスピーディーなサウンドと、ストレートエッジという概念がもたらされ、化学反応が起きた。
Touch and Go(タッチ・アンド・ゴー)は、The Fix(ザ・フィックス)、Necros(ネクロス)、Meatmen(ミートメン)、Negative Approach(ネガティブ・アプローチ)など、デトロイトのハードコア・バンドたちをリリースした。Necros(ネクロス)、Meatmen(ミートメン)、Negative Approach(ネガティブ・アプローチ)が参加した81年Process of Eliminationツアーが伝説のライヴとして語り継がれている。
その後、Touch and Go(タッチ・アンド・ゴー)は、1983年に拠点をワシントンD.C.に移したTesco Vee(テスコ・ヴィー)が完全な経営権を握り、1987年、Corey Rusk(コーリー・ラスク)がレーベルをイリノイ州シカゴへ移転した。レーベルは現在もそこにあり、長年にわたりThe Jesus Lizard(ジーザス・リザード)、Slint(スリント)、Shellac(シェラック)、Big Black(ビック・ブラック)などの影響力のあるバンドのレコードをリリースしている。