![]()
25 Ta Life(25タ・ライフ)
1991年、ニューヨーク・クイーンズで結成されたビートダウン系ハードコアの代表格。現在もメンバーを入れ替えながら活動を続けているバンドで、1990年代のニューヨーク・ハードコアの中でも、ストリートのタフさとビートダウン・サウンドを最も直接的に融合させた存在といえる。
![]()
1997年のミニアルバム 『Strength Through Unity(ストレングス・スルー・ユニティ)』 では、Rick Ta Life(リック・タ・ライフ)の吐き捨てるようなボーカル、メタリックなダウンピッキング主体のリフ、テンポの速いパートから一気に落とす極端なブレイクダウン、グルーヴと重さを優先したドラム、そしてローファイで荒々しいミックスが特徴的だ。 Madball(マッドボール)の Freddy Cricien(フレディ・栗試案)、Skarhead(スカーヘッド)のEzec(イーゼック)が参加しており、クイーンズからロウワー・イースト・サイドにかけてのストリート文化が濃厚に反映された作品となっている。
ストリート感が強いニューヨーク・ハードコアの中でも、25 Ta Life(25タ・ライフ)は “踊らせるより殴り合いを喚起する”タイプのサウンドを持つバンドだ。Bulldoze(ブルドーズ)の暴力的なビートダウン・ハードコアの流れを継ぎつつ、よりメタリックに整理されたサウンドで、後のNasty(ナスティー)やShattered Realm(シャッタード・レルム)など多くのバンドの“ビートダウン化”に大きな影響を与えた。
![]()
極端に落とすブレイクダウンには「舐められない」という姿勢が表れ、メタリックなリフにはストリートの暴力性が宿る。吐き捨てるようなヴォーカルには怒りと忠誠の主張が込められ、反復の多い構成はメッセージの重要性を叩きつけるためのものだ。 特にRick(リック)の荒々しい“怒りと言葉を吐き捨てる”ヴォーカルには、ストリートの過酷なリアルさが凝縮されている。
怒り、仲間、忠誠、裏切りへの憤りをそのまま吐き出すスタイルで、歌詞のテーマは一貫している。 Loyalty(忠誠)/Unity(団結)/Respect(尊敬)/Betrayal(裏切りへの怒り)/Struggle(生き抜く闘い)/Street Knowledge(ストリートの知恵)といったモチーフが中心で、ニューヨーク・ハードコアのストリート精神を最も直接的に表現したバンドのひとつと言える。
![]()
25 Ta Life(25 タ・ライフ)は現在もメンバーを入れ替えながら活動を続けているが、やはりRick Ta Life(リック・タ・ライフ)在籍期がバンドのピークとされる。Rick(リック)は奇行や問題行動で知られ、Madball(マッドボール)、Agnostic Front(アグノスティック・フロント)、District 9(ディストリクト9)など他バンドのTシャツやカセットといったグッズを無断で制作・ブートレグ販売したことでも悪名が高い。 また、気に入らない相手──たとえば Merauder(メラウダー)のJorge Rosado(ホルヘ・ロサド)──に対して、SNS上で「レイプ犯」「ペドフィリア」などと誹謗中傷を行うなど、対立を煽る行動も多かった。 さらに、Integrity(インテグリティ)がツアー中に 25 Ta Life(25タ・ライフ)のバンを傷つけたとして Rick(リック)が900ドルを請求し、「Integrity(インテグリティ)側はフェイクだ」と公に非難してボイコットを呼びかけるなど、金銭トラブルを巡る“公開喧嘩”も有名だ。 大量のデモテープを勝手に複製する(ハードコア史上でも最多レベル)といった行動に加え、クレイグリストで突然、自宅で大量のハードコア・レコードを売るガレージセールを開催し、訪れたファンと1時間以上雑談するなど、奇行とフレンドリーさが同居した人物像でも知られている。
![]()
噂レベルでは、DMS のあるクルーメンバーの家にいた馬に勝手に乗り、そのまま逃げようとしたという逸話があり、これが “DMS=Defending My Stallions(私のスタリオン〈雄馬〉を守る)” というジョークの元ネタになったとも言われている。 また、自分のバンド名「25 ta Life(25タ・ライフ)」のスペルミスに 27 年経ってから気づき、「今後は 25 too Life(25トゥ・ライフ) に直す」と宣言したこともある。 Rick Ta Life(リック・タ・ライフ)は、DIY精神が暴走したような奇行や金銭トラブルを繰り返す人物だったが、その行動はしばしば問題視されつつも、ニューヨーク・ハードコア・シーンの“伝説”として語り継がれている。