New York Hardcoreニューヨークハードコア・シーンについて (1990-1999)PART-2 ロングアイランド・ハードコア

𝄃郊外の閉塞感と孤独が生んだロングアイランド・ハードコア・シーン

ブルックリン、クイーンズ、ブロンクスと紹介してきたニューヨーク・ハードコア・シーンだが、今回で最後となるのがロングアイランドのハードコア・シーンを紹介したい。



ロングアイランドは、ニューヨーク州南東部に細長く突き出た大陸島で、ゴールドコーストやハンプトンズといった高級住宅地、そして郊外型の巨大ベッドタウンとして発展してきた地域だ。日本で例えるなら、田園調布のような高級住宅地と、湘南・鎌倉のような海沿いリゾートが同居するような土地柄と言える。

ロングアイランドはしばしば「ニューヨーク・ハードコアの外側」「郊外のハードコア」として語られる。実際、郊外の住宅地や学校、コミュニティセンターを中心にシーンが育まれ、その過程でニューヨーク・ハードコアの中心地区とは異質な独自のハードコア・シーンが形成されていった。



ロングアイランドのハードコア・シーンを詳しく紹介しているのが、Chris Lilli(クリス・リリ)監督による長編ドキュメンタリー『Something in the Water(サムシング・イン・ザ・ウォーター)』と、 Joe Carroll(ジョー・キャロル)とBen Holtzman(ベン・ホルツマン)が監督・プロデュースした『Between Resistance & Community: A Documentary(2009)』である。『Something in the Water(サムシング・イン・ザ・ウォーター)』では、ロングアイランドのハードコア・シーンの誕生から現在に至るまでの歴史を体系的に描き、初期パイオニア、ミュージシャン、オーガナイザーなど多くの当事者が出演する。Silent Majority(サイレント・マジョリティー)のライヴ映像も挿入され、ニューヨーク・ハードコアとは異なる地域文化としてのローカル性が強調されている。



物語は、1980年代のバーやクラブ文化を起点としたロングアイランド・ハードコアの萌芽から始まり、1990年代の倉庫ギグの増加とともにシーンが爆発的に拡大していく過程を追う。音楽性の変化や主要バンドの証言を交えながら、コミュニティ文化の形成や若者にとっての「居場所」としての役割が語られる。

さらに、Glassjaw(グラスジョー)や Taking Back Sunday(テイキング・バック・サンデー)といったバンドのブレイクによって音楽性が多様化し、2000年代以降にはメインストリームへ影響を与えていく様子も描写。現在のロングアイランド・シーンの状況にまでスポットを当て、当事者の証言と豊富なアーカイブを通してその全体像を追った作品となっている。

1980年代、CBGB のあるマンハッタンを中心に勃興したニューヨーク・ハードコア・シーンにおいて、当時ロングアイランドのハードコア・バンドは周縁的な存在とみなされていた。しかしその一方で、ロングアイランドのバーや小規模クラブでは独自のコミュニティが形成され始めていた。



ロングアイランドのハードコア・シーンには、マンハッタンのロウワー・イースト・サイドや、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクスの四地区に見られるような、労働者階級の怒り、ドラッグ&バイオレンス、貧困、ストリートの暴力性といったアティテュードはほとんど存在しない。むしろロングアイランドは裕福な地域が多く、若者にとっては「何もない」「退屈」「抜け出したい」という感覚が強かった。郊外特有の閉塞感、内向的な鬱屈、暴力、ドラッグ、孤立感が、そのまま音楽にも反映されていく。



ニューヨーク・ハードコアが持つストリート性やアグレッションを受け継ぎつつも、ロングアイランドのバンドは郊外の閉塞感と内省的な感情を強く反映させた。その結果、メタリックで構築的なサウンドから、エモ/スクリーモ、ポストハードコア、メロディック・ハードコア、ビートダウン・ハードコア、メタルコアに至るまで、多様なスタイルが生まれ、ロングアイランドは独自の進化を遂げることになった。