Boston Hardcore ボストン・ハードコア・シーンについて (1981-1984)

ボストンハードコア

 
ここでは2012年に発売されたボストン・ハードコア・シーンを記録したドキュメンタリーDVD『xxx ALL AGES xxx The Boston Hardcore Film』を中心にボストン・ハードコアの歴史を紐解いていく。
 
このDVDでは、ボストン・ハードコアの第一期と言われる81年から84年までの4年間に起こった出来事を収録した内容で、社会的背景と、コニュニティーに関わった当事者たちのインタビューを交えながら、シーンを紹介している。この作品もまた、07年に上映されたドキュメンタリー映画、『アメリカン・ハードコア』で紹介しきれなかったボストン・ハードコアの深い内容を取り上げている。
 
個人的に印象に残ったのは、観戦した人が怪我をする生傷のたえない暴力的なライヴと、ノードラッグ、ノースモーキング、ノードランクを掲げたストレートエッジ、そしてスケートボードとハードコアのリンク、ボストンのバンドはカルフォルニアのバンドからの影響を受けていないと宣言した4つの出来事だ。

出典:Bloody Roots of Boston
 
同じボストンのシーンでもドラッグやアルコールと深く結びついていたGANG GREEN(ギャング・グリーン)やJERRY’S KIDS(ジェリーキッズ)といったバンドは、このDVDではあまり語られていない。あくまでもSS Decontrol(ソサエティー・システム・デコントロール)を中心に、DYS(青年奉仕局)やNegative FX(ネガティヴFX)などのストレート・エッジ・バンドと、暴力が深く結びついた理由について語られている。

出典:Pinterest
 
ボストン・ハードコアが暴力的になった理由は、当時のボストン・パンク・シーンにドラッグが蔓延していたからだ。薬漬けのバンドたちを排除するため、ストレート・エッジ思想を掲げたボストン・ハードコアが生まれたのだという。そして薬漬けのパンク・バンドたちには、ストレート・エッジを掲げる屈強なハードコア・バンドたちが暴力をふるい、ライヴハウスから追い出した。83年にはFU‘Sが『マイ・アメリカ』という愛国心あふれる内容のアルバムを発表し、マキシマム・ロックンロール誌からファシストとして非難される出来事もあった。

出典:All Ages-Boston Hardcore the Film
 
ボストン・ハードコア・シーンは、ほかの地域と比べると、極端なほど閉鎖的だったという。飲酒者に暴力をふるうことによってストレート・エッジ思想を無理やり押し付ける。しかもファシズムと右翼的なバンドが多いイメージがあり、ほかバンドたちから、敬遠されていた。(ネガティヴFXを否定したバンド名を付けたNOFXや、ストレート・エッジの創始者であるイアン・マッケイもボストンのシーンを嫌っていた話が有名だ)
 
当時のボストンのバンドたちは、経験の浅い人たちが演奏し、下手糞ながらも、勢いや衝動を重視したライヴを展開していた。尋常でないエナジーと熱量がボストンの魅力であったのだ。それが84年頃になると、どのバンドも経験を積み、演奏力を身に着けていった。ハードコアのハード・ロック化が、最先端と捉えられる風潮があり、みんながみんな競うようにAD/DCのようなハードロック・スタイルに傾倒していった。

出典:wikipedia
 
当時のアメリカ全体のハードコアシーンには、メタルとハードコアとの境界線がはっきりと存在し、クロスオーバーなどという概念はなかった。そのラインを超えたバンドたちは、カッコ悪い存在というレッテルを張られ、売れるためにセルアウトしたのだと、裏切り者扱いされるようになった。とくにボストンでは他者を受け入れない閉鎖的なシーンであったため、ほかのシーンの動向が、いまいちよく把握的ない環境にあった。その環境が災いした。閉鎖性が生んだガラパゴス的な進化が、シーンの終焉へと向かわせた。そしてここでDVDは終わる。
 
このDVDを観たぼくの正直な感想をいえば、ボストンのシーンに共感することができなかった。その理由は観客が暴れ狂うライヴと、ストレートエッジと暴力が結びついた排他的な環境に、少なからず違和感を覚えたから。だがボストンハードコアを取り巻く熱気のすごさには感心させられた。ほかのシーンでは見たことのない尋常でない熱量だったからだ。
 
いま過去の録音物からボストン・ハードコア・バンドたちの作品を聴いていると、カッコいいサウンドであふれている。そこには駄作がひとつもない。どのバンドにもカルフォルニア・バンドのような後ろ向きな退廃性はみじんも感じられない。どんな障害物が前方に立ちはだかろうが、高速でグイグイ直進していく、ブルドーザーのような熱気とパワーにあふれている。これほど聞いて熱くなるバンドたちもそうない。シーンやバンドたちの思想性には全く共感できないが、これほどサウンド的に優れたバンドたちが集まったシーンもそうはない。なんとも不思議なシーンだ。