New York Hardcoreニューヨークハードコア・シーンについて(1980-1990)

ニューヨーク・ハードコア

 
ここではアメリカン・ハードコアに精通したライターTony Retteman(トニー・レットマン)が14年に執筆した『NYHC:New York Hardcore 1980-1990(ニューヨークハードコア 1980-1990)』を中心に、ニューヨーク・ハードコア・シーンについて語っていきたい。
 
この本ではニューヨーク・ハードコア・シーンの始まりである、80年に起きたオールド・スクール・シーンから90年までのレベリューション・レコーズが中心のユース・クルー・シーンに焦点を絞り、シーンの動向とバンドを紹介した内容だ。この本もデトロイトハードコアの本と同じく、当事者たちの証言をインタビュー形式で語っていく内容で、いままで日本では知られていなかった事実がここでも多数収録されている。
 
ニューヨーク・ハードコアの始まりはのちにCro-Mags(クロマグス)を結成するHarley Flanagan(ハーレー・ブラナガン)がドラムを担当していたThe Stimulators(ザ・スティミュレイターズ)が始まる。DEAD BOYS(デッド・ボーイズ)やThe Damned(ザ・ダムド)に影響を受けたサウンドで、ハードコア色はまったくなかった。そんなニューヨークを変えるきっかけとなった出来事が、ワシントンDCからニューヨークの伝説のライブハウスCBGBに拠点を移したBad Brains(バッド・ブレインズ)の存在だ。ノイジーでうるさく速く過激なサウンドは、当時のニューヨークでは画期的なサウンドで、後発のバンドたちに多大な影響を与えた。

出典:Quixotic Dreams
 
バッドブレインズの影響を受け始めたバンドたちが、クロマグス、Murphy’s Law(マーフィーズ・ロー)、Agnostic Front(アグノスティック・フロント)といったバンドたち。のちにニューヨーク・ハードコア・オールド・スクールと呼ばれるシーンを作っていく。ニューヨークはアメリカ一の大都市だが、ハードコアについていえば、ロサンゼルスやワシントンDC、ボストンと比べると、後発のシーンだった。だが85年ごろになるとニューヨーク・ハードコア・シーンでも、アイデンティティを確立していくようになる。ニューヨークではMetallica(メタリカ)やMegadeth(メガデス)といったスラッシュ・メタルのバンドたちが、ハードコア界に人気があり、LEEWAY(リーウェイ)といったバンドたちやアグノスティック・フロントのアルバム『Cause for Alarm(ケース・フォー・アラーム)』によって、徐々にスラッシュメタルとハードコアとの融合であるクロスオーバー化がシーンを席巻していく。

出典:knust
 
そして同時期に、ニューヨークではYOUTH OF TODAY(ユース・オブ・トゥデイ)やBOLD(ボールド)といった新世代のバンドたちによって、ユース・クルーと呼ばれる新しいシーンが確立されていく。メタルからの影響を全く受けていないピュアなハードコア・サウンドで、Straight Edge(ストレート・エッジ)思想を全面に出した、健全でポジティヴなシーンだった。その後ハードコアの荒々しさのなかにポジティヴなヴァイブが魅力のGorilla Biscuits(ゴリラビスケッツ)や、スキンズ・ハードコアのWARZONE(ウォーゾーン)といったバンドたちが後に続いていく。ニューヨークの次世代のハードコア・バンドたちを積極的にリリースしたレーベル、Revelation Records(レヴェレーション・レコーズ)を中心に、シーンは盛り上がっていく。

出典:NO ECHO
 
ニューヨーク史上、最速のサウンドで、後続のバンドたちに多大な影響を与え瞬く間に解散した伝説のストレート・エッジ・バンド、Straight Ahead (ストレイト・アヘッド)。ニューヨークのスケーター・パンクから出発し、レゲェやヒップホップ、ハードロックをハードコアと融合したサウンドを展開し、このあと流行するミクスチャーロックの礎となるバンドの1つであるUnderdog(アンダードッグ)。明るく健全な若者が支えていたニューヨークのストレート・エッジ・シーンを、暴力化しシリアスなシーンに変えたJUDGE(ジャッジ)。そしてOiや怒声などを取り入れ、現在のハードコアの主流になる、男くさく骨太なサウンド・スタイルを確立したSick Of It All(シック・オブ・イット・オール)。シック・オブ・イット・オールの登場によって、ニューヨーク・ハードコアは新たな変化を迎える。

出典:Revelation Records
 
反体制思想でカオティック・ハードコアの祖ともいえるサウンドでニューヨークでも異端だったBorn Against(ボーンアゲインスト)。Echo & the Bunnymen(エコー&バニーメン)の暗く耽美な音世界をハードコアに取り入れ、のちにポスト・ハードコアと呼ばれるQuicksand(クイックサンド)。そして極めつけは、クリシュリナ教のインド仏教音楽をハードコアに取り入れ、エキゾチックなサウンドのKrishnacore(クリシュリナコア)と呼ばれたShelter(シェルター)。それぞれに個性を持ったバンドたちの登場で、ニューヨーク・ハードコア・シーンは細分化されていく。

出典:MERCH NOW
 
そしてオールド・スクールと呼ばれた第一世代の遺産は、MADBALL(マッドボール)、VOD(ウィジョン・オブ・ディスオーダ―)、SUBZERO(サブゼロ)、クラウンオブザゾーンズ、H2O KILLING TIME(キリングタイ)など、ニュースクール・ハードコアと呼ばれる次世代のバンドたちに受け継がれ、90年代以降もニューヨーク・ハードコア・シーンは活気を増していくというところで、本は終わる。

出典:HARDCORE TIMES
 
ロサンゼルスやワシントンDC、ボストンなどと比べると、ニューヨーク・ハードコア・シーンは、誕生するのが遅かった。だが現在、ワシントンDC、ボストンなどのハードコア・シーンが衰退していくなか、ニューヨークのハードコア・シーンだけは、活気を増している。その理由には、新しいものを積極的にどんどんに取り入れ、多様性を生み出せる土地柄にあるのだろう。ヒップホップが流行し、メタル界がスラッシュ・メタルからパーワー・メタルへとトレンドが移れば、敏感に取り入れ、ニュースクール・ハードコアという新しいシーンを生み出し、ストレート・エッジをさらに禁欲的に突き詰めたVegan Straight Edge Hardcore(ヴィーガン・ストレート・エッジ・ハードコア)という新たな思想を生み出した。2010年代に入った現在でも、CEREBRAL BALLZY(セレブラル・ボールジー)などの黒人のハード・コアや、チュガ・チュガ・バッファロー・ハードコアと呼ばれるMalfunction(メルファンクション)など、新たな個性を生み出している。だがニューヨーク・ハードコアの根幹にあるアンダーグランド・ミュージックであることへの誇りは変わっていない。ニューヨークの伝統を受け継ぐ強い意志が、新たな若いバンドたちを誕生させているのだ。