ここでは2018年に発売されたDVD『H8000 Documentary — Anger & Distortion; 1989 – 1999』と、『H8000 Book』を中心に、ベルギーのハードコアシーンについて語りたい。
ベルギーのハードコア・シーンのひとつであるH8000シーンは、1989年に西フランデレン州のファン・デ・ヨルンのミッドタウンで起こった。H8000とは、「8000」が西フランデレン地方の市外局番であり、「H」はヘイトサウザンドが由来となっている。創設者の一人であるパンクバンドのNation on Fire(ネイションズ・オン・ファイア)は、政治色の強いバンドだったため、H8000シーンでは異端的存在として扱われていた。1990年代後半に、シーンの中心を担ったのが、Congress(コングレス)、Liar(ライヤー)、Spirit Of Youth(スピリット・オブ・ユース)などのストレート・エッジ・メタルコアバンド。メタルにエモやハードコアを融合し、メタルコアとも違うEdge Meta(エッジ・メタル)と呼ばれる独特なサウンドを生み出した。
出典:No Echo
エッジ・メタルのバンドたちは、ヘヴィーなサウンドに加え、動物の権利や菜食主義などのストレート・エッジの理念を掲げていた。H8000シーンの重要人物は、元Nation on Fire(ネイションズ・オン・ファイア)のメンバーで、ベルギーのハードコア・レーベル、Good Life Recordings(グッドライフ・レコーズ)のオーナーであるEdward Verhaeghe(エドワード・ヴェルハーゲ)と、Liar(ライヤー)のヴォーカルでレコードレーベルSober Mind Records(ソバー・マインド・レコーズ)のオーナーであるHans Verbeke(ハンス・ヴァーベク)。この2つのレーベルから、H8000シーンのバンドのほとんどをリリースしていたが、ほかにも同じスタイルを持つ、リンブルフ州のKindred(カインドレッド)や、アメリカのCulture(カルチャー)やMorning Again(モーニング・アゲイン)などのバンドも、リリースしていた。
『H8000 Book』では、1977年のベルギーのパンク・シーンの始まりであるZyklome A (ザイクロンA)と Repulsives(リパルシヴ)を紹介。つぎの章は、ベルギー初のストレート・エッジ・バンドである Rise Above(ライズ・アヴァーヴ) 、H8000クルーのバンド、Nation on Fire(ネイションズ・オン・ファイア)、Shortsight(ショートサイト)、Blindfold(ブラインドフォード)、Spirit Of Youth(スピリット・オブ・ユース) が登場。Congress(コングレス)、Liar(ライヤー)、Regression(リグレッション)、Sektor(セクター)、Vitality(バイタリティー)、Spineless(スピネレス)、Lifecycle(ライフサイクル)などの、H8000シーンで活躍したバンドがすべて登場し、1990 年代半ばから 1999 年末までの H8000シーンの活気のあった時代を、写真を用いて紹介している。デモのみしかリリースしていないバンドも取り上げられており、H8000シーンを細部まで紹介し充実した内容に仕上がっている。
2000年ごろになると、H8000から新しいバンドが出なくなり、シーンは徐々には衰退していく。2006年には、H8000シーンで最も重要だったLiar(ライヤー)とCongress(コングレス)がバンド活動を休止。2005年ごろになると、H8000のシーンの中心地は、ランデレン州コルトレイクからウェスト=フランデレン州ブルージュとウェスト=フランデレン州イーぺルへと移り、オールドスクール・ハードコア、メタルコア、デスコア、クロスオーバーといった多彩なジャンルのバンドたちが生まれた。とくにRetaliate(リタリエイト)や First Alliance (ファースト・アリスン)といったイーぺル地方のビートダウン・ハードコアのバンドたちや、ブルータル・デスコアのFatal Recoil(フェタール・リコイル)、メタルコアのMorda(モルダ)、Rafflesia(ライフレシア)によってH8000シーンの第二期が始まる。ストレート・エッジからビートダウン・ハードコアにサウンドが替わったH8000シーンは、ラップメタル、シンガロング、ビートダウン、モッシュピットなど、激しいダンスをライヴにもたらした。ヒップホップ的な精神がH8000シーンに徐々に浸透し始めた。
H8000とは、ベルギーの片田舎のハードコア・シーンだったが、20を超えるバンドの数と、 ストレート・エッジであることによるこだわりなど、活気と熱気に満ちたシーンだった。H8000シーンがもたらせた功績とは、ストレート・エッジもさることながら、やはりEdge Meta(エッジ・メタル)といえるだろう。Edge Meta(エッジ・メタル)がFury Edge(フューリー・エッジ)へと進化し、ベルギー・ハードコアならではの個性を全世界に広めた。DVDではベルギーの一地方の生み出されたサウンドが、ひっそりと終焉を迎えていく話で終わるが、その後Edge Meta(エッジ・メタル)世界で徐々に有名になっていく過程は圧巻だ。H8000シーンの定義から外れてしまうためか、ベルギーで一番有名なハードコア・バンドであるArkangel(アークエンジェル)について語られていないのが、残念であったが、H8000シーンのDVDと本が発売されなければ、その存在は知られることがなかっただろう。ベルギー・ハードコア・シーンが理解できる貴重な作品なのだ。