アルバムレビュー

Cherish(チェリッシュ)
『Your Suffering (ユア・サファーニング)』

オーストラリアはシドニー出身のストレート・エッジ・バンドのデビューEP。女性ボーカルの怒りに満ちた怒声が印象的なバンドで、尋常でないテンションの高さと、触れたら火傷しそうな熱さに満ちたサウンドを展開している。

『Your Suffering (あなたの苦しみ)』と名付けられたデビューEPでは、Have Heart(ハヴ・ハート)に影響受けたメロディックなエモーショナル・ハードコアを展開。焦燥感に満ち疾走していくドラムから、火花を散らすような力強いメロディーギター、怒りに満ちた怒声とOiコーラスなど、そこにはまるで絶望の淵から這いあがろうとする気迫と力強さに満ちている。

歌詞は、レイシストや富を搾取し貧困へ虐げる資本家に尋常でない怒りを歌っている。“ In My Open Eyes(イン・マイ・オープン・アイズ)”では、<輝かしい生活に見える痛みと悲しみ>と歌い、“Transparency (Blush) トランスパレンシー(ブラッシュ)”では、新しい住まいを求め、自分の殻を破り、新しい世界を作ると歌っている。弱い自分や虐げられた環境と戦う姿勢を貫いているのだ。

パンクの体制側と戦っていく姿勢と、エモーショナル・ハードコアの自己の内面と徹底的に向き合う姿勢、ストレートエッジのストイシズムが合わさった、ハイブリットなハードコアなのだ。

Eight Count(エイト・カウント)
『Hard Dose Of Reality EP (ハード・ドス・オブ・リアリティEP)』

オーストラリアはメルボルン出身のビートダウン・ハードコア・バンドの2作目のEP。不良の匂いがするタフガイ・アティテュードをど真ん中に行くバンドで、ギャングのような腕っぷしのつよさと強気な態度が魅力。

2作目となる『Hard Dose Of Reality EP (ハード・ドス・オブ・リアリティEP)』は、前作同様、TERROR(テラー)や初期MADBALL(マッドボール)、DEATH BEFORE DISHONOR(デス・ビフォア・ディショナー)を融合したハードコアをベースに、より重くメタリックなサウンドを展開している。

ヒップホップな歌い回しに、重厚でメタリックなギターと、静けさと緊迫感に満ちたベースが、コッドファーザーの世界のような重苦しい沈黙と雰囲気を醸し出し、息苦しくも甘美でカタルシスな苦痛を感じる。

ここで歌われている内容は、生と死の狭間で生きる緊迫した人生。まるでギャングのように一度失敗すればすべてを失い、死を覚悟するような、危険と隣り合わせの世界。弱いものは淘汰され強者だけが生き残る過酷な世の中について歌っているのだ。

彼らもまたヨーロッパ・ビートダウン・ハードコアのように、いろいろな要素を加え、進化したビートダウン・ハードコア。オーストラリアならではの独特な空気とビートダウン・ハードコアを融合したバンドなのだ。

R.A.M.B.O.(ランボー)
『Defy Extinction(デファイ・イクステンション)』

フィラデルフィア出身のハードコア・バンドのじつに16年ぶりとなる3作目。サバイバルという究極のD.I.Y精神を持ったバンドで、初期のころはユースクルー系のストレートエッジ・ハードコアだったが、『Caustic Christ(コースティック・クライスト)』ではファストコア、『Bring It!(ブリング・イット!)』エモーショナル・ハードコアにマスコアなど、いろいろなジャンルの作品を発表し、ハードコアという枠のなかで、幅広いサウンドを展開していた。

そのアティテュードは、映画ランボーのような、平和な世界から隔絶された世界で生きる戦闘兵と、戦闘兵を社会の異物として扱い排除しようとする大都市とのギャップを描いた世界。“Ian MacKaye’s My Savior, Not Jesus(私の救い主はイアン・マッケイでキリストではない)”や、“Jesus’ Middle Name Does Not Stand For Hardcore(イエスのミドルネームはハードコアの略ではない)”では、インテリジェンスや常識とバカバカしさを組み合わせたユーモアにあふれた内容が印象的だ。シリアスでありながらもそれが滑稽にも映るギャップにも似たカルチャーショックが、彼らの特徴なのだ。

今作ではエモーショナルハードコアとメロディック・パンクの中間にあるサウンドに変化している。前作よりもメロディックに変化し、エモの荒々しいギターと冷たく光るメロディーが交錯するメロディック・パンクな作品に仕上がっている。熱く男くさいボーカルとOiのコーラス。そこに怪しく鈍く光るメロディックな輝き。前へ攻撃的に向かっていく熱い衝動と、倦怠感に満ちた退廃的な感情が見え隠れするようなコントラストがある。

今作では、金もうけという資本主義の下で環境破壊が行われる、人間活動への非難がテーマになっている。“New World Vultures(新世界のハゲワシ)”では、ドラマ『ハゲタカ』のような、富を搾取し環境を破壊する、資本家を強烈な批判を込めて歌っている。そこには大自然の野生動物の生態と人間のビジネス活動を掛け合わせながら、ユーモアを交え人間活動の醜さを浮き彫りにし、人間が推し進める環境破壊から自然を守ろうとする姿勢がある。

サウンド的にはメロディックになり丸くなった印象を受けるが、独特なユーモアは健在だし、なにより彼らしかないランボーのようなサバイバル・ハードコアという強烈な個性があり、今作も面白い作品だ。