Cattle Decapitation(キャトル・デカピテイション)
『Death Atlas(デス・アトラス)』

サンディエゴのデス/ゴア・グラインド・バンドの8作目。彼らといえば、溶けた人間と血を排泄する牛のグロテスクなイラストが印象的なバンドだ。おぞましく猟奇的なジャケットを採用している彼らだが、その裏側には社会派でブレない信念を持っている。悪い行いをすれば自分に跳ね返ってくる、仏教のカルマ(人間の業)をコンセプトに掲げた『KARMA BLOODY KARMA(カルマ・ブラッディー・カルマ)』から、屠殺場に収容される牛や豚を人間に置き換えた『The Harvest Floor(ザ・ハーヴェスト・フロア)』、2001年宇宙の旅に出てくるモノリス(石碑)にふれた猿が人間に進化したのと逆行する形の、欲望満ちた人間が猿のように地球環境を破壊する『MONOLITH OF INHUMANITY(モノリス・オブ・インヒューマニティ)』、プラスチック・ゴミや大気汚染などの環境破壊のせいで人類が絶滅した『THE ANTHROPOCENE EXTINCTION(アンスロポシーン・エクスティンクション)』と、環境破壊による生物滅亡や、食肉加工の残酷さなど、人間が地球に被害を及ぼす社会問題をテーマに掲げている。ヴィーガン・ストレートエッジな思想を持ったバンドなのだ。

 

ヴィーガン・ストレートエッジ思想といえば、EARTH CRISIS(アース・クライシス)を思い起こすだろう。だがシーシャパードと結託し、アニマルライツ(動物の権利)を求め、闘争的で行動に重点を置いていたアース・クライシスと違い、キャトル・デカピテイション場合、残忍さや醜さ、愚かさといったグロテスクな側面に焦点を当てている。

 

人間ジャーキー(干し肉)の作り方や、血と糞尿にまみれた溶けた人肉、アウシュビッツ収監される人々の気持ちになる凄惨なアルバムのジャケットなど、見るだけで不快な気持ちにさせる残酷さがある。そこには欲望を満たすため大自然を破壊し続ける人間の愚かさと醜さ、無感情で動物を食肉に加工していく人間の残忍さがフォーカスされている。ホラー映画のような恐怖とおぞましさを知ることによって、動物に対する残酷な行いを止めろという、テーマがあるのだ。

 

そして今作だが、アルバムタイトルである『Death Atlas(デス・アトラス)』とは、ギリシャ神話でゼウスとの戦いに敗れ天球を背負わされることになったアトラスのこと。『デス・アトラス』という死神が地球を背負うイラストには、人間が引き起こした地球温暖化のせいで、台風による大洪水や大規模な山火事が頻発し、大規模な災害を人々が背負わされることになった天罰の意味が込められている。

 

そのサウンドは、超高速ブラストビートにデス・ボーカルを中心とした前作のサウンド路線を踏襲しながらも、メロディック・ギターや、悲鳴に似たスクリームなどを加え、悲しみや怒り、憎しみや憤りなどの感情がある、叙情的な作品に仕上がっている。

 

アルバム全体が物語のように進行していく展開だ。地球全土が焼き尽くされるような超高速ブラストビートと叫び声が印象的な“The Geocide(ザ・ジオサイド)”、地獄の扉が開き悪魔たちの欲望が支配する世界をイメージさせる“Bring Back the Plague(ブリング・バック・ザ・ペスト)”、人類滅亡のカタストロフを感じさせる切なく叙情的なメロディーの“Time’s Cruel Curtain(タイムス・クオル・カーテン)”、9分を超えるラストナンバーの“Death Atlas (デス・アトラス)”は、地球の絶望と悲しみをたたえる女性ボーカルの讃美歌な歌声から始まり、迫りくる滅亡の恐ろしさで終わる叙事詩のようなオペラナンバーと、地球が滅亡するプロセスを追ったストーリー仕立ての内容なのだ。

 

それにしてもいままでになく危機感や悲しみなど、世界の終わりを予見させる悲観的な感情が漂っている。いままでの彼らはどこか人間なんて滅亡してしまえばいいという、怒り憎しみといった人間嫌いな感情が漂っていた。それが今作では「自分たちと愛する人たちの未来、次の世代が受けることになる苦痛や、負の遺産を残してはいけない」と発言しているとおり、前向きな感情が漂っているのだ。やはり温暖化により大災害が日常化する現在の状況が、彼らの考え方を変えるほど、大きな出来事だったのかもしれない。世界はそれほど深刻なのだ。

 

彼らの心境の変化が憎しみ一辺倒で突き進んでいた彼らのサウンドに深みをもたらした。第3期に突入した彼らのサウンドを代表する作品なのだ。

Red Death(レッド・デス)
『Sickness Divine (シックネス・ディヴァイン)』

FORCED ORDER(フォース・オーダー)やPower Trip(パワー・トリップ)と並びクロスオーバー・リバイバル・シーンを牽引するRed Death(レッド・デス)の3作目。メタル系レーベルの老舗であるCentury Media(センチュリーメディア)に移籍後の作品。

 

クロスオーバー・リバイバル・シーンのなかでも、MINOR THREAT(マイナー・スレット)やSICK OF IT ALL(シック・オブ・イット・オール)のボーカルスタイルからの影響が強く、シンプルで野太いハードコアサウンド中心に、初期AGNOSTIC FRONT(アグノスティック・フロント)のようにメタルのメロディーを加えたスタイルのバンドだった。

 

今作では前2作よりもさらにメタル寄りな作品に仕上がっている。ハードコア色は薄れ、メタルギターを多用したクロースオーバー・サウンドを展開。例えるならMetallica(メタリカ)の『Master of Puppets (メタルマスター)』と、C.O.C(コロージョン・オブ・コンフォーミティ)の『Animosity(アニモスティー)』を足して2で割ったサウンドだ。サザンロックとテクニカルなメタル度がかなりアップしている。

 

叙情的なメロディーのオープニング、サザンロックのような土臭く野太い歌声のボーカル、テクニカルなメタルのギター。典型的な懐古主義的なサウンドだが、荒野の夕日見るような繊細なメロディーと、カウボーイのような土臭い熱量に満ちている。繊細なメロディーとハードコアの荒らしい部分をうまいこと折衷しているのだ。

 

シンプルでスピーディーなハードコアをベースにクロスオーバーさせているバンドが多いなか、叙情的なオープニングメロディーなスローテンポな曲を取り入れ大胆に変化した。クロスオーバーリバイバル・シーンでも独特な立ち位置にいるバンドなのだ。

Slump(スランプ)
『Flashbacks from Black Dust Country(フラッシュバック・フロム・ブラック・ダスト・カントリー)』

バージニア州リッチモンド出身のポスト・ハードコア・バンドの5曲入りのデビューEP。これがすごくいいバンドだ。アメリカではサイケ・パンク、もしくはアシッド・パンクと呼ばれており、トランシーなデジタル音やサイケデリックな要素を、シンプルなハードコア・パンクに加えたサウンドを展開している。

 

サンフランシスコのパンクバンド、Flipper(フリッパー)のようなエクスペリメンタルな要素を、ハードコア・パンクに落とし込み、より攻撃的に、よりトランシーに進化させたサウンド。テレビゲームのライフゲージが回復していくようなデジタル音。ゆったりとしたリズムで極限までゆがんだノイズギター。目が覚めるようなシャウトするボーカル。

 

そこにはビタミン剤のように聴くと疲れが吹っ飛ぶような活力とエナジーに満ち、激しい熱狂の渦のなかに漂う爽快感がある。まるで宇宙空間を漂っているような神秘的な浮遊感と、気分が高揚していく至福に満ちている。ノイジーで、トリッピーで、サイケデリックなハードコア・サウンド。

 

サイケデリックな要素をハードコアに融合させたという意味では、ニューヨーク・ハードコアのKALEIDOSCOPE (カレイドスコープ)やQuicksand(クイックサンド)と似ている。だが両バンドとは異なる方向性のポストハードコアを追求している。個人的にはベスト10はいるほど、好きなバンドだ。

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