𝄃ニューヨーク・ハードコア第一世代の始まり
そして、パンクからハードコアへと音楽性を決定的に変化させた存在が、ワシントンD.C.からニューヨークに拠点を移したBad Brains(バッド・ブレインズ)である。 1981年初頭、CBGBで彼らが繰り広げたライヴは、ノイジーで、うるさく、速く、そして過激だった。その凄まじいサウンドは、当時のニューヨークでは画期的であり、価値観を180度転換させるほど、後続のバンドたちに決定的な影響を与えた。 Bad Brains(バッド・ブレインズ)とStimulators(スティミュレーターズ)の対バンは、ニューヨーク・ハードコア・シーンの起点となったとされている。 さらに、1981年から1984年にかけて、CBGBやMax’s Kansas City(マックス・カンザス・シティ)から出入り禁止となったバンドたちは、A7というバーで演奏を行うようになり、A7は次第にニューヨーク・ハードコア・シーンの中心地へと変貌していった。
Bad Brains(バッド・ブレインズ)
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出典:Medium
A7は、イースト・ヴィレッジの片隅にある小さなバーでありながら、ニューヨーク・ハードコアの精神的な拠点として機能した。ステージはなく、機材も最低限。観客との距離が極端に近いその空間では、暴力的で生々しいエネルギーが剥き出しになり、バンドとオーディエンスが一体となるような熱狂が生まれていた。 CBGBのような商業的な枠組みから排除された若者たちが集まり、A7はDIY精神と反抗の象徴となった。白人、黒人、ラテン系など多様な人種・階級が入り混じり、音楽だけでなくファッション、思想、ストリート文化が交差する混沌とした空間は、NYHCの多様性と過激さを育む土壌となった。 ここで演奏していたAgnostic Front(アグノスティック・フロント)、Cro-Mags(クロマグス)、Antidote(アンチトード)、Urban Waste(アーバン・ウエスト)などのバンドは、後にニューヨーク・ハードコアを世界的なムーブメントへと押し上げることになる。A7は、単なるライブスペースではなく、「ハードコアとは何か」を体現する場だったのである。
A7
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出典:Facebook
そのほかにも、賛否両論を巻き起こしながらも一貫して政治的な姿勢を貫いたポスト・パンク・バンド False Prophets(フォールス・プロフェッツ)、The Misfits(ミスフィッツ)を脱退した Bobby Steele(ボビー・スティール)が新たに結成したホラーパンク・バンド The Undead(アンデッド)、そして下品で意地悪、憎しみに満ちた表現で知られる The Nihilistics(ザ・ニヒリスティックス)などが、ニューヨークのパンク/ハードコア・シーンの黎明期に活動していた。
The Undead(アンテッド)
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出典:Wikipedia
そして、ニューヨーク・ハードコア黎明期のバンドを収録したコンピレーション・アルバムが『New York Thrash(ニューヨーク・スラッシュ)』である。ワシントンD.C.の『Flex Your Head(フィックス・ユア・ヘッド)』、ボストンの『This Is Boston, Not L.A.(ディス・イズ・ボストン,ノットL.A)』と並び、東海岸アメリカン・ハードコア・コンピレーションの名盤として知られる作品だ。Bad Brains(バッド・ブレインズ)や Stimulators(スティミュレーターズ)をはじめ、The Mad(ザ・マッド)、The Undead(アンデッド)、False Prophets(フォールス・プロフェッツ)、The Nihilistics(ザ・ニヒリスティックス)、Kraut(クラウト)、Heart Attack(ハート・アタック)、ニュージャージー出身の Adrenalin O.D.(アドレナリンO.D.)、Even Worse(イヴン・ワース)、Fiends(フィーンズ)、そしてヒップホップに転向する以前の Beastie Boys(ビースティ・ボーイズ)など、ニューヨーク・パンクからハードコアへと移行する第二世代のバンドたちが収録されている。
New York Thrash(ニューヨーク・スラッシュ)
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出典:Discogs
Heart Attack(ハート・アタック)の解散後、結成されたのがThe Mob(ザ・モブ)。Ramones(ラモーンズ)をより激しくスピーディーをコンセプトに、エンジェル・ダストというドラッグについて歌っていた。
The Mob(ザ・モブ)
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出典:facebook
Reagan Youth(レーガン・ユース)は、煽情的な怒りに満ちたハードコア・パンク・サウンドを展開していたバンドである。レーガノミクスへの反発から「Reagan Youth(レーガン・ユース)」というバンド名を掲げ、ユダヤ人コミュニティで育ったメンバーによって結成された。 アナーキズム、社会主義、反人種差別主義を掲げ、KKK(クー・クラックス・クラン)やナチ党のイメージを風刺したジャケットを使用するなど、保守政治への批判的姿勢を貫いたアナーコ・パンク・バンドである。初期のニューヨーク・ハードコア・シーンにおいて、欠かすことのできない存在のひとつだ。
Reagan Youth(レーガン・ユース)
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出典:Wikipedia
Kraut(クラウト)は、ノイジーなパンク・ロックを展開し、The Clash(ザ・クラッシュ)からの影響が色濃いバンドである。「社会の犠牲者」「最後のチャンス」「破滅した若者」といったテーマを通じて、パーソナルな視点から社会的な問題までを歌い上げていた点も、The Clash(ザ・クラッシュ)と共通している。
のちに Cro-Mags(クロ・マグス)に加入する Doug Holland(ダグ・ホランド)や、Battalion of Saints(バタリオン・オブ・セインツ)の Chris Smith(クリス・スミス)も在籍していた。
Kraut(クラウト)
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出典:Bazillion Points Blog
Urban Waste(アーバン・ウエスト)は、Reagan Youth(レイガン・ユース)やMurphy’s Law(マーフィーズ・ロー)と同じく、ニューヨーク・クイーンズ地区を代表するハードコア・バンドである。 そのサウンドはノイズ・コアのように激烈で、バンド名「都市廃棄物」が示す通り、「警察の暴力」「希望の喪失」「無意味な人生」「反抗的な生き方」といったテーマを貫き、体制への強烈な反発と社会からの疎外感をむき出しにしていた。 UKハードコアの影響を色濃く受けながらも、Urban Waste(アーバン・ウエスト)は初期ニューヨーク・ハードコア・シーンにおいて欠かすことのできない存在となった。 後にニューヨーク・ハードコアの象徴的バンドとなるAgnostic Front(アグノスティック・フロント)のRoger Miret(ロジャー・ミレット)は、「Urban Waste(アーバン・ウエスト)が俺をハードコアに目覚めさせた」と語っており、その発言からも彼らのシーンへの影響力の大きさがうかがえる。
Urban Waste(アーバン・ウエスト)
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出典:facebook
The Abused(ザ・アビューズド)は、ニューヨーク初のストレート・エッジ・バンドとして知られる。 分厚いギター、ストップ&ゴーの展開、そして力強いヴォーカルを特徴とし、SS Decontrol(SSデコントロール)の影響を色濃く受けたハードコア・スタイルを展開していた。 「核の脅威」や「薬物に手を出さない若者」といったテーマを通じて、戦争への反対姿勢と反ドラッグのストレート・エッジ思想を打ち出していた。 しかし、SS Decontrol(SSデコントロール)のスタイルに寄りすぎたためか、独自性に欠け、ニューヨーク・ハードコア・シーンにおいては強い印象を残すことができなかった。
The Abused(ザ・アビューズド)
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出典:facebook
The Misguided(ザ・ミスガイデッド)は、ニューヨーク・スラッシュ・ハードコアの先駆けとなったバンドである。 すべての楽曲が1分台という短尺で、ノイジーかつスピーディーなハードコアを展開。D.I.Y精神をニューヨーク・シーンに初めて持ち込んだバンドとして高く評価されている。 しかし一方で、自分たちのやりたいことを貫く姿勢が強かったためか、突如スピーディーなハードコアを捨て、Roxy Music(ロキシー・ミュージック)のようなグラムロック路線へと転向。 その急激なスタイルの変化はファンの期待を裏切り、結果として人気は低迷してしまった。
The Misguided(ザ・ミスガイデッド)
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出典:No Idols