𝄃新人登竜門のCBGB Matinee(CBGB マチネ)
ニューヨーク・ハードコアが盛り上がったもう一つの重要な要因が、CBGB Matinee(CBGB マチネ)の存在である。CBGB Matinee(CBGB マチネ)とは、ニューヨークのライヴハウスCBGBで昼間に開催されていたライヴイベントで、デビュー間もない若手バンドたちが出演する登竜門的な場として機能していた。
CBGBは1970年代後半から1980年代にかけて、パンクやニューウェーブの聖地として知られ、ムーブメントの中心地となった。無名の若者たちがこの場所から新しい音楽シーンを切り拓いていったのである。
John Watson(ジョン・ワトソン)がヴォーカルを務めていた頃のAgnostic Front(アグノスティック・フロント)を筆頭に、Cro-Mags(クロマグス)、ロングアイランド地区のSatan’s Cheerleaders(サタンズ・チアリーダーズ)、No Control(ノー・コントロール)、Government Issue(ガバメント・イシュー ※ワシントンDCの同名バンドとは別)などが活躍していた。
その後も、Straight Ahead(ストレイト・アヘッド)をはじめ、1986年6月にはCrippled Youth(クリップルド・ユース)名義だった頃のBold(ボールド)、Rest in Pieces(レスト・イン・ピーシズ)、Warzone(ウォーゾーン)、Youth of Today(ユース・オブ・トゥディ)などが、CBGB Matinee(CBGB マチネ)で初ライヴを行っている。
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出典:Spectrum News NY1
1985年、ニューヨーク州は飲酒可能年齢を19歳から21歳へと引き上げた。法律が改正される以前、CBGBでは年齢制限がなく、19歳からの飲酒も問題視されていなかった。しかし、法改正後はCBGBへの入場が16歳以上、飲酒は21歳以上に制限され、警察による取り締まりも厳しくなった。
その影響もあってか、暴力事件が頻発するようになった。ある日、CBGBの上階にある更生施設に住むホームレスの一人が騒ぎを起こし、それをきっかけに、上階の住人たちが窓から下の群衆に向かってゴミやレンガ、さらには小便の入った風船まで投げつける事態に発展した。
一方、バットを手にした男たちは、人を殴る口実を探しているスキンヘッドの集団であり、現場は次第に混沌を極めていった。やがて、双方入り乱れての殴り合いが始まり、CBGB周辺は暴力と混乱に包まれたという。
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出典:WIKI METAL
そして、CBGBは消滅した。古びたビール、タバコ、血、汚物にまみれた、パンクとハードコアの聖地──CBGBは、元ニューヨーク市長ジュリアーニと、金融テクノロジー企業を率いるブルームバーグという“大企業ファシスト”によって、高級化と人工的な偽文化に塗り替えられ、「ニュー・ディズニー・シティ」と呼ぶべき空間へと変貌してしまった。
かつて「最高に居心地が良く、愛すべきゴミ捨て場」と称されたCBGBの魅力は、こうして失われてしまったのである。
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出典:23 punk_