𝄃ニューヨーク・ハードコアとクリシュナ教
ニューヨーク・ハードコアの特徴のひとつに、クリシュナ教と深く結びついたバンドの存在が挙げられる。最初にクリシュナ教に傾倒したのは、ノーウェーヴ・バンドとして知られるHi Sheriffs of Blue(ハイ・シェリフス・オブ・ブルー)であった。彼らはCro-Mags(クロマグス)のヴォーカルであるJohn Joseph(ジョン・ジョセフ)を通じて改宗したとされている。
その後、Antidote(アンチドート)やCause for Alarm(コーズ・フォー・アラーム)のメンバーも、創作活動と私生活の両面においてクリシュナ教の思想を積極的に取り入れるようになった。
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クリシュナ教は新興宗教であり、オウム真理教のように胡散臭く見られることもあるが、必ずしも否定的な側面だけではなかった。CBGBに集まる空腹のストリート・キッズに無料で夕食を提供し、家庭に問題を抱える若者や貧困層に対しても救いの手を差し伸べていた。
袈裟をまとい、頭を剃った僧侶がCBGBに現れ、ベジタリアン料理を配っている様子は、当時のシーンにおいても異質であり、奇妙な光景として記憶されている。
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出典:The Met
ニューヨークは多様な人々を受け入れる土地だったからこそ、クリシュナ教徒による慈善活動やスピリチュアルな教えが、ハードコア・バンドたちの心を捉えた。クリシュナ教の教義には、平和や愛、そして人々との調和が強く唱えられていた。
しかし、1990年代に台頭したクリシュナ・コアと、ハレ・クリシュナ運動を推進していた初期のバンドたちとでは、そのスタンスに違いがあった。Shelter(シェルター)のヴォーカルであるRay Cappo(レイ・キャポ)は、1990年代にクリシュナ・コア・バンドを立ち上げ、「花で殴るような」優しいメッセージを掲げていた。一方、Cro-Mags(クロマグス)は野球のバットで人を殴るような暴力性を持ち、Cause for Alarm(コーズ・フォー・アラーム)もクリシュナへの奉仕に徹していたが、その教義をハードコアの表現に積極的に取り込むことはなかった。
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出典:instagram_realharleyflanagan
1991年、Youth of Today(ユース・オブ・トゥデイ)のメンバーによって結成されたShelter(シェルター)は、クリシュナ・コアの創始者とされている。彼らはYouth of Today(ユース・オブ・トゥデイ)時代に掲げていた、反ドラッグ、反飲酒、反喫煙、愛のないセックスへの批判といったストレート・エッジ思想に加え、ベジタリアニズム、ヨガによる精神統一、東洋哲学などのクリシュナ信仰を融合させ、さらに思想性を深めていった。
その流れを受けて、108、Refuse to Fall(リフューズ・トゥ・フォール)、Prema(プレマ)などのバンドが後に続いた。一方で、クリシュナ教に洗脳された一部の人々による過剰な勧誘やプロパガンダ活動も目立つようになり、宗教的な側面がシーン内で賛否を呼ぶ要因ともなった。
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出典:NO ECHO
そんな中、ひとつの事件が起きる。ニューヨーク市ローワー・イースト・サイドで共同運営されている非営利芸術団体ABC No Rio(ABCノ・リオ)のメンバーが、コネチカット州のライヴハウスAnthrax(アンスラックス)で行われたライヴにて、反クリシュナのフライヤーを投げ込んだのだ。
そのライヴは、元Rage Against the Machine(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)のヴォーカル、Zack de la Rocha(ザック・デ・ラ・ロッチャ)が在籍していたバンドInside Out(インサイド・アウト)と、Shelter(シェルター)の共演によるものだった。
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出典:NO ECHO
ハレ・クリシュナのシンボルとナチスの鉤十字が並んで描かれたフライヤーは、ハードコア・コミュニティに対してクリシュナ教を布教していたRay Cappo(レイ・キャポ)とZack de la Rocha(ザック・デ・ラ・ロッチャ)への抗議の意を込めて、ライヴ中に投げ込まれたとされている。
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出典:NO ECHO
そのライヴで、Zack de la Rocha(ザック・デ・ラ・ロッチャ)は問題のフライヤーを掲げ、「ハレ・クリシュナについてどう思っているかは分からない。でもひとつだけ言えるのは、彼らをナチスと同一視するのは、とんでもない無知だ」と叫び、フライヤーを破り捨てた。
この事件をきっかけに、ニューヨーク・ハードコア・シーンは、ABC No Rio(ABCノ・リオ)の立場を支持する者と、クリシュナ教を支持する者とに分断され、思想的な対立が顕在化していった。
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現在のニューヨーク・ハードコア・シーンでは、クリシュナ・コア・バンドはほとんど存在していないと言っていい。1990年代以降、目立った新興バンドは現れておらず、シーンとしては沈静化している。
それでも、カリフォルニアではBack To Godhead(バック・トゥ・ゴッドヘッド)やInvocation(インヴォケーション)といったバンドが、その思想と音楽性を受け継ぎ、細々と活動を続けている。クリシュナ・コアは、かつてのような勢いはないものの、静かに命脈を保っているのだ。