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前回に引き続きTony Retteman(トニー・レットマン)が2014年に執筆した『NYHC:New York Hardcore 1980-1990(ニューヨークハードコア1980-1990)』の第二弾。今回はアナーコ・パンク以降をハードコア・シーンを紹介。
𝄃ニューヨーク・アナーコパンク
レーガンが大統領に就任した頃、ニューヨーク・ハードコア・シーンは二つの潮流に分かれたと言われている。Reagan Youth(レーガン・ユース)、Heart Attack(ハート・アタック)、No Thanks(ノー・サンクス)など、政治的な姿勢を貫くバンドたちと、Cro-Mags(クロマグス)やAgnostic Front(アグノスティック・フロント)のようなスキンヘッド系のバンドたちだ。唯一、Cause for Alarm(コーズ・フォー・アラーム)だけが、両者の間を行き来する存在だった。
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政治的な姿勢を貫く“ポリティカル派”のバンドたちは、False Prophets(フォルス・プロフィッツ)やReagan Youth(レーガン・ユース)のような知名度の高いグループと、Sacrilege(サクリレッジ)やCounterforce(カウンターフォース)といった無名のグループに分かれていた。Reagan Youth(レーガン・ユース)の元ギタリストであり、Sacrilege(サクリレッジ)のメンバーでもあったVictor Venom(ヴィクトール・ヴェノム)によれば、「Sacrilege(サクリレッジ)」というバンド名は、イギリスとカナダ・バンクーバーの2つの地域ですでに使用されていたため、改名を余儀なくされたという。こうしてバンド名はNausea(ナウジア)へと変更され、Sacrilegeに込められていた政治的コンセプトは、Nausea(ナウジア)に引き継がれることとなった。
Sacrilege(サクリレッジ)
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出典:NO ECHO_Photo: William Pickett
Nausea(ナウジア)が結成されてから半年ほど経つと、A.P.P.L.E.、Apostates(アポストエイツ)、Insurgence(インサージェンス)、Public Nuisance(パブリック・ニューサンス)といったバンドたちが、その政治的姿勢に賛同し、“Squat or Rot(スクワット・オア・ロット)”と呼ばれる新たなシーンが生まれた。喧嘩に明け暮れるスキンヘッドやストレート・エッジが中心となったNYHCシーンに居場所を見いだせなかった人々が、このSquat or Rott(スクワット・オア・ロット)シーンに集まっていった。こうしたポリティカルな精神は、1990年代に入るとBorn Against(ボーン・アゲインスト)などのバンドに受け継がれていく。
Squat or Rot(スクワット・オア・ロット)
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出典:VICE_photo by Chris Boarts
Nausea(ナウジア)は、ニューヨークにおける第一世代のクラスト・パンク・バンドである。環境保護、人類絶滅、環境汚染、動物の権利といったテーマに焦点を当て、歌詞はレーガン政権への批判、米ソ冷戦、核戦争の脅威、フェミニズム、反人種差別、階級闘争など、当時の社会政治的課題に強く影響されていた。反キリスト的なアートワークと相まって、反社会的かつ急進的な政治性を帯びたバンドとして際立っていた。
彼らは、当時台頭しつつあったクラスト・パンクというジャンルに新たな地平を切り開いた。アナーコ・パンクとエクストリーム・メタルを融合させ、ドゥーム・メタル、Dビート、ノイズ・ロック、スラッジなどの要素を巧みに織り交ぜた。初期はDischarge(ディスチャージ)風のハードコア・パンク・サウンドを展開していたが、新ボーカルのAl Long(アル・ロング)を迎えた後期には、Amebix(アメビックス)やAxegrinder(アックスグラインダー)といったUKバンドに通じる、よりダークでメタリックなサウンドへと進化した。
1992年に一度解散したが、2001年頃に再結成。2012年に再び解散しつつも、2016年にはMinistry(ミニストリー)とのツアーを行うなど、不定期ながら活動を継続している。ニューヨーク・ハードコアの文脈においても、決して主流にはなり得ない、異端かつ孤高の存在である。
Nausea(ナウジア)
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出典:Facebook
Born Against(ボーン・アゲインスト)は、ニューヨーク・ハードコアの中でも「異端」と呼ばれた、ポリティカル・ハードコア・バンドだ。わずか4年という短い活動期間だったが、商業主義や権威を拒否し続けることこそがハードコアであると主張し続けた。マチズモが蔓延し、コモディティ化が進んだニューヨークのシーンで、彼らは一際際立つ存在だった。
アメリカの愛国歌「My Country, ‘Tis of Thee(我が祖国よ、汝の)」をもじった1989年のデビューEP『My Country Tis Of Thee, Enemy Of All Tribes(我が祖国は汝のものだ、すべての部族の敵よ)』では、アメリカの入植者と先住民の対立を皮肉な比喩で表現し、当時の湾岸戦争へと向かうアメリカ社会や政府の政策を痛烈に批判した。
1991年のアルバム『Nine Patriotic Hymns for Children(子供たちのための9曲の愛国賛美歌集)』は、ブッシュ政権下での人工妊娠中絶をめぐる抗議がテーマとなっている。特に「Mary & Child(マリー&チャイルド)」では、中絶反対派の偽善を鋭く指摘。「生命の保護」を掲げながら、貧困層やシングルマザーを苦しめる緊縮財政政策を支持するなど、女性や子どもの命に関心がない彼らの矛盾を暴いた。中絶が違法化されても、中絶を求める女性はいなくならないというメッセージも込められている。
Born Against(ボーン・アゲインスト)の過激な左翼的スタンスは、次第にシニシズムを帯び、そのメッセージはアイロニーに満ちた鋭い風刺へと変化していった。反政治・反商業主義という信念を貫いた彼らは、ハードコア・シーンの形骸化や商業化を強く嫌い、同郷のバンドSick Of It All(シック・オブ・イット・オール)とカレッジラジオWNYUで激しい舌戦を繰り広げ、大きな議論を巻き起こした。その行動には賛否両論あるが、彼らが自らの思想と信念を貫き通したバンドであったことは間違いない。
Born Against(ボーン・アゲインスト)
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出典:Pinterest