New York Hardcoreニューヨークハードコア・シーンについて
(1980-1990)完全版PART-2

𝄃クロスオーバー・スラッシュ

ニューヨークでメタルとハードコアのクロスオーバーが始まるきっかけとなったのは、1983年にMetallica(メタリカ)が発表したデビュー・アルバム『Kill ‘Em All(キル・エム・オール)』の衝撃的な影響である。とくにスラッシュ・メタルの要素を取り入れ、ニューヨーク・ハードコア・バンドの中でいち早くクロスオーバーを果たしたのが、Straight Ahead(ストレイト・アヘッド)の前身バンドであるN.Y.C. Mayhem(NYCメイヘム)だった。 その後、Leeway(リーウェイ)、Crumbsuckers(クラムサッカーズ)、Nuclear Assault(ニュークリア・アソルト)、Ludichrist(ルディクリスト)などのバンドが続々と登場し、ニューヨークのクロスオーバー・スラッシュ・シーンは急速に活気づいていった。
 

N.Y.C. Mayhem(NYCメイヘム)


出典:Discogs_NYC Mayhem

クロスオーバーによってシーンが低迷していったボストンとは対照的に、ニューヨークでは成功を収めることができた。その理由のひとつは、メタルという音楽への深いリスペクトがあったからだろう。ボストンのバンドは、長髪やメタルの商業的で華やかな側面まで取り入れていったが、ニューヨークではメタルの技術的な部分に焦点を当てていた。
たとえばLeeway(リーウェイ)は、Metallica(メタリカ)を聴いて「自分のバンドに欲しいリフだ。このリフの曲を作りたい」と感じたという。Agnostic Front(アグノスティック・フロント)は、Carnivore(カーニヴォア)のヴォーカル兼ベーシストであるPeter Steele(ピーター・スティール)と親しくなり、コード進行を教わったことで、2ndアルバム『Cause for Alarm(コーズ・フォー・アラーム)』を完成させた。
ニューヨーク・ハードコアには、ストレート・エッジの人々もそうでない人々も受け入れる土壌があり、メタル・シーンの人々とも互いに尊敬し合う関係が築かれていた。誰でも受け入れる柔軟性こそが、ニューヨーク・シーンの強さの源だったといえる。


出典:Facebook_East Coast Crossover Thrash

しかし、Agnostic Front(アグノスティック・フロント)がクロスオーバー路線を打ち出した2ndアルバム『Cause for Alarm(コーズ・フォー・アラーム)』は、当時賛否両論を巻き起こした。メタル色が強すぎるという理由から、「セルアウト(商業主義に走った)」と批判されることもあり、現ヴォーカルのRoger Miret(ロジャー・ミレット)自身もこの作品を否定的に捉えていたという。
結果的に『Cause for Alarmコーズ・フォー・アラーム)』の登場によって、ニューヨーク・ハードコア・シーンは大きな転換期を迎えることとなった。古参バンドの多くは解散するか、メタル化の道を選び、シーン全体はよりアンダーグラウンドな方向へと進んでいったとされている。



ライターのFreddie Alva(フレディ・アルヴァ)は、2014年の記事の中で「『Cause for Alarm(コーズ・フォー・アラーム)』におけるヘヴィメタルの精密さとハードコアのエネルギーの融合は、クロスオーバー・サウンドの金字塔を打ち立てた」と述べている。
当時は賛否両論を呼んだ作品だったが、40年を経た現在では再評価が進み、ニューヨーク・ハードコア史における重要作として位置づけられている。

スラッシュメタル四天王のひとりであるAnthrax(アンスラックス)や、Carnivore(カーニヴォア)といったニューヨークのメタル・バンドが、ハードコアのライヴに参加し共演するなど、ニューヨークにはジャンルを越えた自由な雰囲気が存在していた。ロサンゼルスやボストンなどのシーンが停滞するなか、ニューヨークではクロスオーバーがうまく機能し、1990年代に入ると、Biohazard(バイオハザード)、Merauder(メラウダー)、Madball(マッドボール)、Vision of Disorder(ヴィジョン・オブ・ディスオーダー)、All Out War(オール・アウト・ウォー)、Candiria(キャンディリア)といったバンドが台頭し、シーンはさらに活気を増していった。
 

Leeway(リーウェイ)


出典:VICE