𝄃ユースクルーのバンドたち
Youth of Today(ユース・オブ・トゥデイ)の登場によって、ニューヨークのハードコア・シーンは、クロスオーバー・スラッシュ中心の価値観から、新世代を象徴するYouth Crew(ユース・クルー)シーンへと180度の転換を遂げた。Violent Children(バイオレント・チルドレン)の元メンバーであるRay Cappo(レイ・キャポ)とJohn Porcelly(ジョン・ポーセリー)によって結成され、SS Decontrol(SSデコントロール)、DYS、7 Seconds(7セコンズ)などをルーツに持つピュアなハードコアを展開。ストレート・エッジやベジタリアンといったライフスタイルを掲げ、ポジティブ・シンキングのメッセージを、エネルギッシュかつスピーディーなハードコアと融合させていた。
彼らはライヴを通じて、薬物に頼らず前向きに生きることの重要性をキッズたちに訴えかけ、暴力と薬物が蔓延していた当時のニューヨーク・ハードコア・シーンに健全さと新たな価値観をもたらした。まさにYouth of Today(ユース・オブ・トゥデイ)は、新世代の精神を体現するハードコア・バンドだった。
Youth of Today(ユース・オブ・トゥディ)
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出典:TOWER RECORDS
しかし1988年以降、ヴォーカルのRay Cappo(レイ・キャポ)はハレ・クリシュナ教の教えを深く追究するため、一時的にインドへ移住。一方、ギタリストのJohn Porcelly(ジョン・ポーセリー)はProject X(プロジェクトX)やJudge(ジャッジ)などのバンドで活動を続けた。1990年、Youth of Today(ユース・オブ・トゥデイ)は解散し、Ray Cappoは新たにShelter(シェルター)を結成。Youth of Todayはその後も不定期ながら活動を継続しており、現在もシーンに影響を与え続けている。
Youth of Today(ユース・オブ・トゥディ)
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出典:MyRockShows
Warzone(ウォーゾーン)は、メンバー全員がスキンヘッドというスタイルで知られ、ハードコア・パンクを基盤に、SS Decontrol(SSデコントロール)などのハードコアと、The Business(ザ・ビジネス)に影響を受けたOiを融合させ、独自のサウンドを確立した。フロントマンのRaymond “Raybeez” Barbieri(レイモンド・“レイビーズ”・バルビエリ)は、元AGNOSTIC FRONT(アグノスティック・フロント)のドラマーであり、かつてはドラッグに深く関与していた旧世代のシーン出身者だった。しかし後にストレート・エッジへと転向し、荒廃した旧来のシーンと、新たな価値観を掲げるユース・クルーとの架け橋となった。
Warzone(ウォーゾーン)
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Raybeez(レイビーズ)は厳格な一面を持ちながらも、ポジティブで明るい性格の持ち主であり、オールドスクール・ハードコアとユース・クルーの両方のファンを惹きつけた。彼らのライヴには、スキンヘッドから10代のストレート・エッジ、メタルファンまで、幅広い年齢層のパンクスが集まったという。Warzoneは、オールドスクール・ハードコアとユース・クルーの両シーンをつなぐ存在として、ニューヨーク・ハードコアにおける重要な役割を果たした。
そして1989年に発表された3rdアルバム『Warzone(ウォーゾーン)』では、従来のハードコアとスキンヘッド・スタイルを捨て、ミドルテンポのハードロックへと路線を変更。技巧的な新境地に挑戦した。しかし、ハードコア特有の熱量や衝動性に欠けていたこの作品は、ファンの期待を裏切る結果となり、離反を加速させた。
1997年9月11日、Raybeez(レイビーズ)は肺炎のため死去。享年35歳だった。彼の死後、しばらくの間CBGBの外壁には「RIP Ray」と書かれた追悼の看板が掲げられ、その後も1年以上にわたり、Victory Records(ヴィクトリー・レコーズ)の全リリースと、2枚のインディペンデント系コンピレーション・アルバムが追悼作品として発表された。
Warzone(ウォーゾーン)
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出典:NO ECHO_Photo: Damon Beebe
Straight Ahead(ストレイト・アヘッド)は、ニューヨーク・ハードコア史上最速とも言われるスピードと、圧倒的なパワーを誇るサウンドで知られ、瞬く間に解散したものの、カルト的な人気を誇る伝説的ストレート・エッジ・バンドである。前身バンドであるクロスオーバー・スラッシュのNYC Mayhem(NYCメイヘム)は、スラッシュメタルや初期デスメタルに分類されるサウンドを展開し、ゴアグラインドなどに多大な影響を与えた。デスコアの先駆者的存在としても高く評価されている。
Straight Ahead(ストレイト・アヘッド)結成の経緯は、NYC Mayhem(NYCメイヘム)でギターを担当していた、元Assault(アサルト)のギター兼ベース奏者Gordon Ancis(ゴードン・アンシス)が、メタル志向のため脱退したことに始まる。同じくギター兼ベースのCraig Setari(クレイグ・セタリ)が曲作りに専念し、Tommy Carroll(トミー・キャロル)がヴォーカルを担当。バンドはNYC Mayhem(NYCメイヘム)からStraight Ahead(ストレイト・アヘッド)へと改名された。
Straight Ahead(ストレイト・アヘッド)
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出典:Discogs_Straight Ahead
メタル要素を取り入れるなど自由度の高かったNYC Mayhem(NYCメイヘム)とは対照的に、Straight Ahead(ストレイト・アヘッド)ではスキンヘッドにし、ストレート・エッジを掲げ、戦略的にハードコアへと舵を切った。ハードコア・シーンで受け入れられるためのフォーマットに則った活動を展開していた。
しかし1985年後半、デモ・カセット『We Stand(ウィー・スタンド)』のリリース後、Tommy Carroll(トミー・キャロル)とCraig Setari(クレイグ・セタリ)がYouth of Today(ユース・オブ・トゥデイ)に加入するため脱退。バンドは一度解散する。その後1986年、両名がNYC Mayhem(NYCメイヘム)を再結成し、再びStraight Ahead(ストレイト・アヘッド)名義へと戻った。Rob Echeverria(ロブ・エチェベリア)がギターを担当し、3ピース編成でデビューEP『Breakaway(ブレイクアウェイ)』を制作。その後、ドラムにArmand Majidi(アルマンド・マジディ)が加入した。
だが、Tommy Carroll(トミー・キャロル)が燃え尽き症候群に陥り、バンドへの情熱を失ったことで再び解散。現在でも、超高速でOiを融合させた彼らのハードコア・サウンドは唯一無二のオリジナリティを持ち、高い評価を受け続けている。
Straight Ahead(ストレイト・アヘッド)
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出典:Discogs_Straight Ahead
元Youth of Today(ユース・オブ・トゥディ)のヴォーカル、Richie Birkenhead(リッチー・バーケンヘッド)と、元Murphy’s Law(マーフィーズ・ロー)のベーシスト、Russ Iglay(ラス・イグレイ)によって結成されたUnderdog(アンダードッグ)。前身バンドTrue Blue(トゥルー・ブルー)から改名し、Murphy’s Lawの陽気なパーティー感、Cro-Mags(クロマグス)の硬派な緊張感、そしてストレート・エッジの前向きなメッセージを融合。相反する要素をぶつけ合いながら、NYハードコア・シーンの中でも異彩を放つ存在となった。
Underdog(アンダードッグ)
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出典:Facebook_Underdog
メロディックなスケーター・パンクに加え、レゲエやヒップホップ、ハードロックなど異なるジャンルをハードコアと融合させ、独自のサウンドを確立。当時、アグレッシブでストレートなサウンドと荒々しい怒声ヴォーカルが主流だったニューヨーク・ハードコア・シーンにおいて、Underdog(アンダードッグ)は歌唱力に重点を置く新たな基準を打ち立てた。Richie Birkenhead(リッチー・バーケンヘッド)の喉を絞るような叫び声から、聖歌隊の少年のような澄んだ声へと瞬時に切り替わる歌唱は、少年の苦悩や葛藤を表現するような苦々しさに満ち、若者を強く惹きつけるカリスマ性を放っていた。
Underdog(アンダードッグ)は、ユースクルーやクロスオーバー・スラッシュなど、どんなスタイルのバンドとも共演できる稀有な立ち位置にあった。「友達をいじめるなら俺たちが相手にする」という歌詞と信条はライヴで顕著に表れ、ステージ上を縦横無尽に駆け回り、観客に合唱を促しながらも、誰もが暴力的な不意打ちに遭うことなく、汗まみれで激しく踊り、思い切り羽目を外して狂うことができた。ストレート・エッジではなかったが、カリスマ性のあるシンガーを擁し、当時のニューヨーク・ハードコアのなかでもフラットな存在だった。