New York Hardcoreニューヨークハードコア・シーンについて
(1980-1990)完全版PART-4

前回に引き続きTony Retteman(トニー・レットマン)が2014年に執筆した『NYHC:New York Hardcore 1980-1990(ニューヨークハードコア1980-1990)』の第四弾。今回は1990年以降のニューヨーク・ハードコアを紹介。
 

𝄃1990年以降の新しいスタイルのニューヨーク・ハードコア

1990年代に入ると、シアトルのNirvana(ニルヴァーナ)が1991年に発表した『Nevermind(ネヴァーマインド)』をきっかけに、空前のグランジ/オルタナティヴ・ロック・ムーブメントが巻き起こった。グランジやオルタナティヴ・ロック、ポスト・ハードコアなど、ハードコアに影響を受けたミュージシャンたちが、アンダーグラウンドからメインストリームへと活躍の場を移していった。
 

Nirvana(ニルヴァーナ)


出典:TMDQA!

ニューヨークでも、従来のハードコアに替わる新しいシーンが生まれつつあった。シンプルなハードコアやクロスオーバー・スラッシュが主流だったニューヨークにおいて、Shelter(シェルター)のクリシュナ・コア、Into Another(イントゥ・アナザー)やQuicksand(クイックサンド)のポスト・ハードコア、Orange 9mm(オレンジ・ナイン・ミリメーター)のラップ・コアなど、これまでにないサウンド・スタイルを持つバンドたちが頭角を現し始めた。

Shelter(シェルター)は、1991年にYouth of Today(ユース・オブ・トゥディ)のヴォーカル、Ray Cappo(レイ・キャポ)によって結成されたクリシュナコア・バンドだ。1988年、Youth of Todayが2枚目のLP『We’re Not in This Alone(ウィー・アー・ノット・イン・ディス・アローン)』を発表した後、メンバーたちはストレートなハードコアを極限まで追求し、バンドとして表現したいことはすべてやり切ったという感覚に包まれていた。
 

Shelter(シェルター)


出典:IDIOTEQ

Youth of Today(ユース・オブ・トゥディ)は、ユースクルー・シーンを創り上げた中心的存在だった。しかし、ある時Ray Cappo(レイ・キャポ)の頭の中にひとつの疑問がよぎる。ストレート・エッジには、良き人間であろうと努力し、寛容であり、動物を殺してはならないという信条があったが、ファンたちはその教えに完璧であろうとするあまり、ストレート・エッジを人生の成長のための踏み台として活用できていなかった。自己啓発という理念が形骸化していく状況を目の当たりにし、Ray Cappo(レイ・キャポ)は深く失望したという。そして彼自身も、自分が本当に何を望んでいるのかを考えるようになった。「ハードコアで10倍大きくなることが、自分を幸せにするのだろうか」――そう自問する中で、彼はハレ・クリシュナ教と出会い、神の探求を除いては、自分を本当に幸せにするものは何もないと悟った。こうしてRay Cappo(レイ・キャポ)はYouth of Today(ユース・オブ・トゥディ)を離れる決断を下す。

その後、メンバーはそれぞれ異なる道を歩み始める。Walter Schreifels(ウォルター・シュライフェルス)はGorilla Biscuits(ゴリラ・ビスケッツ)を、John Porcelly(ジョン・ポセリー)はJudge(ジャッジ)を結成。そしてRay Cappoは精神的探求の旅に出て、インドへと渡った。
 

Shelter(シェルター)


出典:Pinterest

帰国後、Ray Cappo(レイ・キャポはShelter(シェルター)を結成。彼はクリシュナ教の教えに深く感銘を受け、その思想を音楽に反映させていく。Shelter(シェルター)の歌詞には、ヒンドゥー教的な宗教的メッセージが多く含まれており、物質的な欲望に囚われた魂が、自らの低俗な本性から解放されることを訴えている。貪欲、嫉妬、欲望、無知に満ちた物質主義を否定し、心の平穏、容姿や知能の優劣を超えた平等、競争社会の否定、そして平和といった価値を重視する精神主義へと、彼の思想は移行していった。

しかし、あまりにもクリシュナ教の思想を前面に押し出しすぎたため、その宗教的なうさん臭さや教条的な語り口が、カルト的と捉えられ、敬遠される側面もあった。現在ではYouth of Today(ユース・オブ・トゥディ)を再結成するなど、Shelter(シェルター)に専念することなく、バランスの取れた活動を行っている。
 

Shelter(シェルター)


出典:Pinterest

Quicksand(クイックサンド)は、Gorilla Biscuits(ゴリラ・ビスケッツ)のギタリスト、Walter Schreifels(ウォルター・シュライフェルス)を中心に結成されたバンドだ。Echo & the Bunnymen(エコー&ザ・バニーメン)やCocteau Twins(コクトー・ツインズ)などのゴスやネオ・サイケデリアの要素をニューヨーク・ハードコアと融合させ、これまでにない新しいサウンドを築き上げた。ノイジーでありながらも耽美的で、まるでコンクリートの落書きに覆われたニューヨークのストリートを思わせるようなサウンドスケープで、新たなスタイルのハードコアを提示した。

Fugazi(フガジ)やHelmet(ヘルメット)と並び、Quicksand(クイックサンド)はオルタナティヴ・メタルやポスト・ハードコアを代表するバンドとなり、彼らの登場をきっかけにニューヨーク・ハードコアは多様化の道を歩み始めた。
 

Quicksand(クイックサンド)


出典:NO ECHO_Photo: Michele Taylor