New York Hardcoreニューヨークハードコア・シーンについて (1990-1999)PART-2 クイーンズ・ハードコア

クイーンズはブルックリンほど有名なハードコアのライヴハウスが多いわけではないものの、歴史的に重要な場所をいくつも抱えている。なかでもクイーンズ区ジャクソンハイツにあった Castle Heights(キャッスル・ハイツ)は、130人規模の小さなライヴハウスながら、Leeway(リーウェイ)や Sick of it All(シック・オブ・イット・オール)など地元バンドが多数出演し、クイーンズのストリート文化とニューヨーク・ハードコアが融合した唯一無二の場所として、1990年代の重要な拠点となった。
クイーンズでは特に、DIYで作られた非公式スペースや倉庫、教会の地下、コミュニティセンターなどでのライヴが多かった。観客の中心は地元の友人・家族・近所の若者たちで、バンドとの距離は極端に近い。シーンというより“地元の延長”であり、マンハッタンのような音楽産業の目がほとんど入らないため、移民や労働者階級の生活感、周縁のリアリティがそのままハードコアに持ち込まれた。音楽産業に回収されない“地元の声”を残した──つまりクイーンズ・ハードコアは、ニューヨーク・ハードコアにおける“もうひとつの真実”を体現したシーンだった。



特に、DIYで作られた非公式スペースや倉庫、教会の地下、コミュニティセンターなどでのライヴが多かった。観客の中心は地元の友人・家族・近所の若者たちで、バンドとの距離は極端に近い。シーンというより“地元の延長”であり、マンハッタンのような音楽産業の目がほとんど入らないため、移民や労働者階級の生活感、周縁のリアリティがそのままハードコアに持ち込まれた。音楽産業に回収されない“地元の声”を残した──つまりクイーンズ・ハードコアは、ニューヨーク・ハードコアにおける“もうひとつの真実”を体現したシーンだった。

クイーンズはブルックリンほど有名なハードコアのライヴハウスが多いわけではないものの、歴史的に重要な場所をいくつも抱えている。なかでも、クイーンズ区ジャクソンハイツにあった Castle Heights(キャッスル・ハイツ) は、クイーンズ・ハードコアの中心的存在だった。1990年代から2000年代初頭にかけて活動した、定員130人ほどの小さなライヴハウスで、異常なほどステージが低く、客との距離がゼロに近い独特の空間を持っていた。
Leeway(リーウェイ)や Sick of It All(シック・オブ・イット・オール)など、地元ゆかりのバンドが多数出演し、週末にはほぼ必ずハードコアのライヴが行われた。ここでクイーンズの若いキッズが育ち、IDS や DMS といったクイーンズのストリート文化とニューヨーク・ハードコアが融合する、唯一無二の場所となっていた。ブルックリンやマンハッタンとは異なる土臭さとローカル色の濃さが際立ち、ニューヨーク・ハードコアの中でも「最も危険でリアル」と語られる所以となった場所である。



Castle Heights(キャッスル・ハイツ)は、CBGB のように“音楽のための場”として成立していた場所ではなく、コミュニティの縄張りであり、ストリート文化の中心だった。バンド同士の衝突やクルー同士の緊張が常に渦巻き、クイーンズ出身ではない外部の客が足を踏み入れた瞬間、場の空気が一気に張りつめるような場所でもあった。Castle Heights(キャッスル・ハイツ)は IDS や DMS といったクルー文化の影響が強く、仲間を守るという価値観が最重要視されていたため、ニューヨーク・ハードコアの中でもとりわけコミュニティ色の濃い場所として知られていた。しかし、その根底にはクイーンズ同士の義理と筋が確かに存在し、それがこの場所の秩序を支えていた。
ライヴハウスというより“縄張り”としての意識が強く、クイーンズの義理と筋が絶対的な基準として機能していたため、ブロンクスやブルックリンのバンドや客は常に緊張感を抱きながらこの場所に足を運んでいた。



ライヴハウスのステージは、演奏者と観客の境界がほとんどなく、まるで戦場のような空気が漂っていた。モッシュは殴り合いに近いレベルで行われ、ステージダイブは日常の光景だった。バンド側も客側も「やられたらやり返す」という文化が根づいており、その緊張感が常に場を支配していた。クイーンズ特有の強い縄張り意識もあり、ブロンクスやブルックリンのバンドや客が空気を読まない行動を取ると、すぐにトラブルへ発展した。常連たちが口を揃えて語るように、Castle Heights(キャッスル・ハイツ)は“殴り合いが起きない日のほうが珍しい”と言われるほどで、観光客向けのニューヨーク・ハードコアとはまったく別世界だった。バーテンダーやスタッフもクルーの一部として振る舞い、喧嘩を止めることはなかった。通報が入り警察が来てもショーが止まることはなく、店の外で揉め事が続いても、筋が通っていれば問題視されなかったという。逆に、筋の通らない行動は即アウトで、ルール無用ではなく“クイーンズのルールが絶対”という世界だった。特に Confusion(コンフュージョン)、Fit of Anger(フィット・オブ・アンガー)、Cold Front(コールド・フロント)といったクイーンズの看板バンドが出演する日は、モッシュが暴動に近いレベルに達したと言われている。