Greg Graffin &Steve Olson(グレッグ・グラフィン&スティーブ・オルソン)
『ANARCHY EVOLUTION(アナーキー進化論)』

アナーキー進化論アナーキー進化論
グレッグ グラフィン スティーヴ オルソン Greg Graffin

柏書房 2014-07-01
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バッド・レリジョンのボーカルにして生物学の博士号でUCLA大学で生物学の講師を務めるのグレッグ・グラフィンと、サイエンスライターのスティーブ・オルソンによる共著。その内容は、バッド・レリジョンの結成から転換期などの印象に残ったエピソードと、グレッグが宗教を否定する理由、自身が研究する進化論について語られている。

 

率直な感想をいえば、グレッグ・グラフィンという人物も相当変わっている。いままでバッド・レリジョンというバンドは、2ビートの性急なスピードのハードコアに、メロディックな要素を取り入れ、メロディック・ハードコアというサウンド・スタイルを確立した。ハードコアというジャンルのなかで、それがバッド・レリジョンの確立した個性であり、その一点のみが評価されているのだと思っていた。しかしこの本を読むと、パンクの主義や思想という部分でも、バッド・ブレインズやマイナースレット、クラス、コンフリクトなどに匹敵する個性を、バッド・レリジョンは有したバンドだということが理解できた。

 

バッド・レリジョンのパンク・ハードコア思想とは、あらゆる権威を否定すること。バンド名(悪い宗教)が示すとおり、とくにキリスト教の権威に歯向かうことに主眼を置いているようだ。聖書にある神が人間を創造したという話には、ダーウィンの進化論という見地から、そこに根拠がないということで論理的に否定している。アメリカでは日本と違って人間は神によって作られたという話本気で信じている人間が多いようだ――その人たちが共和党政権を支えている。宗教を本気で信じている人たちに、偏狭的な考え方を捨て、もっと広い世界の視野と、知識の扉を開いて欲しいと思い、バンド活動を続けているそうだ。パンク権威に立ち向かっていく姿勢と生物学、反宗教的の3つの要素が合わさったのが、バッド・レリジョンならではのパンク思想なのだ。この本を読んで、歌詞だけでは伝え切れていない、グレッグの奥深い考えを改めて知ることができた。

 

個人的にこの本でとくに面白かったのは、バッド・レリジョンが最も売れたアルバム『ストレンジャー・ザン・フィクション』のときのエピソードだ。このアルバムはメジャーデビュー作で、バッド・レリジョンのなかでもっとも、商業的に成功したアルバムだ。この時期バッド・レリジョンは、全世界にそのなか知れ渡るほど知名度を得ていた。いうなら人気の絶頂にあったのだ。この時期グレッグ・グラフィンは、人生のターニングポイントで、大きな決断をしたという。それは大学での研究を辞め、バンド活動に専念すること。バンドという浮き沈みが激しいリスキーな生活に、人生を賭けたのだ。そんな矢先に起きた2つの不幸。ひとつはサウンド面のすべてを担当していたブレッド・ガーヴィッツの脱退。そしてもうひとつは自身の離婚。これからバンドでがんばっていこうとプレッシャーと戦い希望に満ち溢れた時期に、大きな傷となる精神的なダメージを2つ受けたのだ。人気の絶頂にあった、2つの大きな不幸。この人も数奇な運命をたどる人なのだと思った。

 

この本で語られている内容の半分以上は自然主義や進化論や生物学についてのことで、バッド・レリジョンというバンドにしか興味のない人にとっては、いささか退屈に思える。しかも難解で訳本ならではの読みづらい箇所が多々ある。もう少し欲を言えば、ジャームスやブラッグ・フラッグ80年代からグリーンディやオフスプリングの90年代のパンクシーンについての移り変わりや、ここのバンドについて、パンクシーンについてもっと語って欲しいと思えた。その理由はスイサイダル・テンデンシーズのエピーソードがあまりにも面白かったから。そのあたりが残念に思えた箇所だが、バッド・レリジョン奥深い思想やエピソードはとても面白かった。バッド・レリジョン・ファンだけでなく、アメリカン・ハードコア・ファンは絶対に読んだほうがいい。それほど価値のある内容だ。