New York Hardcoreニューヨークハードコア・シーンについて
(1980-1990)完全版PART-3



前回に引き続きTony Retteman(トニー・レットマン)が2014年に執筆した『NYHC:New York Hardcore 1980-1990(ニューヨークハードコア1980-1990)』の第三弾。今回はSome Records(サム・レコーズ)、タフガイ・ハードコア、Blackout Records(ブラックアウト・レコーズ)、ABC No Rio(ABCノー・リオ)、Born Against(ボーン・アゲインスト)と Sick Of It All(シック・オブ・イット・オール)の公開討論を紹介。

𝄃Some Records(サム・レコーズ)

Some Records(サム・レコーズ)は、当時4番街とブロードウェイにあるタワーレコードのマーケット内で、ハードコアやパンクを中心に様々なタイプのレコードを販売し、最新のハードコア情報を積極的に発信していた。とくにアメリカン・ハードコア・シーンの人々が集まり、意見交換ができる場でもあった。

店員のDuane(デュアン)のハードコアに対する愛情は並外れており、デビューしたての新人たちがデモテープをSome Records(サム・レコーズ)に持ち込むと、彼はカセットテープを2箱ほど買い取ってくれて、手渡されたテープをすぐに店内のカウンターに置き、音源を流してくれた。すると、店内にいた客たちが次々とカウンターに集まり、その場でデモテープを購入していった。その日のうちにテープが完売し、次にSome Records(サム・レコーズ)へ行く際には大量のデモテープを持参しなければならないという現象が起きた。

デモテープをSome Records(サム・レコーズ)に置くことで、バンドの認知度は飛躍的に向上した。とくにBreakdown(ブレイクダウン)、Crackdown(クラックダウン)、Raw Deal(ロウ・ディール)などのバンド、なかでもSick of it All(シック・オブ・イット・オール)は、Some Records(サム・レコーズ)で記録的な数のデモテープを売り、その後メジャーデビューを果たし、ニューヨーク・ハードコアを代表するバンドへと成長を遂げた。ユース・クルー以降の若手バンドたちにとって、Some Records(サム・レコーズ)がなければ、自分たちの存在を世間に知られる機会がなかったのではないか。陰ながらニューヨーク・ハードコアの人気の下支えをした存在なのだ。



そして、Some Records(サム・レコーズ)と深いつながりを持つバンドが、Side By Side(サイド・バイ・サイド)である。Side By Side(サイド・バイ・サイド)は、ユース・クルー・シーンの中でも、Youth of Today(ユース・オブ・トゥデイ)直系のハードコアに、熱さとカラッとしたパンクを融合させたサウンドと、知的かつ哲学的な歌詞が魅力のバンドだった。
 

Side By Side(サイド・バイ・サイド)


出典:last.fm

1988年に発表された唯一のEP『You’re Only Young Once.(若さは一度きり)』では、人種、性別、障害などに関係なく、すべての人が平等であり、互いに尊重し合うべきだというテーマが貫かれている。「俺の人生を生きる」「嘘をついて生きる」「振り返って」「若さは一度きり」「友達」「本気だ」「いまがその時だ」「消えゆく暴力」「現状にうんざり」といった歌詞からは、後悔しない人生、自分の夢や希望がうまくいかない現実、孤独や憧れ、達成感、不安と思いやり、恐怖、自信、流した涙、そして笑顔まで、喜怒哀楽のすべてが詰まっている。
ただポジティヴなだけではなく、陰の部分や深い感情にもスポットを当てている点が、他のユース・クルー・バンドとは一線を画す理由なのだ。

Some Records(サム・レコーズ)とSide By Side(サイド・バイ・サイド)の関係は、Side By Sideが最初のフライヤーをSome Recordsに貼ってもらったことに始まる。デザインセンスに優れたそのフライヤーは、店頭で目にしたファンの期待を大いに煽った。 そのほかにも、メンバー募集のチラシを掲示板に貼るなど、Side By Side(サイド・バイ・サイド)はSome Records(サム・レコーズ)の支えによってバンド活動を展開することができたと感謝していた。
ライヴのMCでは、よくSome Records(サム・レコーズ)のDuane(デュアン)に対して感謝の言葉を述べていた。
 

Side By Side(サイド・バイ・サイド)


出典:last.fm