New York Hardcoreニューヨークハードコア・シーンについて
(1980-1990)完全版PART-3

𝄃Blackout Records(ブラックアウト・レコーズ)

Revelation Records(レヴェレーション・レコーズ)と並び、この時代のニューヨーク・ハードコアを支えたもう一つの重要なレーベルがBlackout Records(ブラックアウト・レコーズ)である。ユースクルーを中心に展開したRevelation Records(レヴェレーション・レコーズ)とは対照的に、Blackout Records(ブラックアウト・レコーズ)はSheer Terror(シアー・テラー)、Breakdown(ブレイクダウン)、H2Oといった、罵詈雑言を吐き、ダークでアングリーなアティテュードを持つバンドを積極的にリリースしていた。1989年、コンピレーション・アルバム『Where the Wild Things Are(ホエア・ザ・ワイルド・シングス・アー)』のリリースをもって、Blackout Records(ブラックアウト・レコーズ)はその活動を本格的に開始した。



とりわけBlackout Records(ブラックアウト・レコーズ)の看板バンドとなったのが、Sheer Terror(シアー・テラー)である。ノイジーで重厚なハードコア・パンクを基盤に、Paul Bearer(ポール・ベアラー)の特徴的なグロウルや唸り声、そしてメタル調のリフを融合させたスタイルは、1985年の初デモにおいてデスメタルの要素も取り入れ、ヘビーなハードコアの先駆者としての地位を確立した。その重厚なサウンドと「世の中のすべてクソくらえ」という、世界や他者に対する根深い怒りと拒絶の憎悪精神は、多くのリスナーに衝撃を与えた。
 

Sheer Terror(シアー・テラー)


出典:VICE

代表曲「Just Can’t Hate Enough(ジャスト・キャント・ヘイト・イナフ)」の歌詞では、「黙れ、小僧!お前の戯言はもううんざりだ。そろそろ本音をぶちまける時だ。お前のスキンヘッドの誇りなんてどうでもいい。ロウアー・イースト・サイドなんて知ったことか。俺はただ疲れた労働者階級のクズだ。憎しみは尽きることがないんだ」といった暴言を吐き、Agnostic Front(アグノスティック・フロント)、Cro-Mags(クロマグス)、Warzone(ウォーゾーン)など、ロウアー・イースト・サイドを誇りに活動していた前世代のハードコア・バンドを敵に回した。

1984年後半に結成されたSheer Terror(シアー・テラー)は、幾度かのメンバーチェンジや音楽スタイルの変遷を経て1998年まで活動を継続。2004年10月にはニューヨークのCBGBクラブで2公演を行い、再結成を果たした。現在も活動を続けている。
 

Sheer Terror(シアー・テラー)


出典:facebook_Blackout! Records

Killing Time(キリング・タイム)は、タフガイ・ハードコアとクロスオーバー・スラッシュを融合させたバンドである。1988年、Breakdown(ブレイクダウン)を脱退したCarl Porcaro(カール・ポーカロ)、Rich McLoughlin(リッチ・マクローリン)、Anthony Drago(アンソニー・ドラゴ)によって結成された。そこに元Token Entry(トークン・エントリー)のAnthony Comunale(アンソニー・コムナーレ)がヴォーカルとして、元Sick of it All(シック・オブ・イット・オール)のMike Sentkiewitz(マイク・セントキウィッツ)がギターとして加わり、当初はRaw Deal(ロウ・ディール)というバンド名で活動を開始した。しかし、同名のヘヴィメタル・バンドが存在していたため、バンド名をKilling Time(キリング・タイム)に変更した。
 

Killing Time(キリング・タイム)


出典:bandcamp_killingTime

1989年にリリースされたデビュー作『Brightside(ブライトサイド)』は、Leeway(リーウェイ)のメタリックなリフを土台に、さらに金属的な質感を強調しながら、従来のハードコアとは一線を画すギャング・バックヴォーカルを融合させたサウンドを展開した。
当時はこれはハードコアではないと、賛否両論を巻き起こしたが、ニューヨーク・ハードコアをよりメタリックな方向へと進化させた作品として、ニュースクール・ハードコアへの転換点のひとつと評価されている。

Killing Time(キリング・タイム)が“タフガイ・ハードコア”と呼ばれるようになった理由は、その歌詞にある。「愚か者は死ぬ」「ノー・モア・ミスター・ナイスガイ」「憎悪の壁」「強い者だけが生き残る」「私の理由」「もうナイスガイじゃない」「線は引かれた」といった楽曲では、親切心が女性に利用され不当に扱われることへの怒り、嫌いな相手への悪口、失望や幻滅など、いわば“タフガイのたわごと”とも言えるネガティブな感情が吐露されている。Burn(バーン)やSick of it All(シック・オブ・イット・オール)と並び、Killing Time(キリング・タイム)は新世代を代表するタフガイ・ハードコアとして位置づけられるようになり、ニューヨーク・ハードコア・シーンにおける暴力問題が悪化した。

だが、その“タフガイ・アティテュード”が禍を招くことになる。1992年に発表されたEP『Happy Hour(ハッピー・アワー)』は、メロディックなギターソロなどを取り入れ、新たな挑戦を試みた意欲的な作品だった。しかし、否定的な意見が多く寄せられた。
 

Killing Time(キリング・タイム)


出典:facebook_killingTime

Killing Time(キリング・タイム)にファンが求めていたのは、音楽性の進化ではなく、むしろ“タフガイ・アティテュード”そのものだった。ライヴでは、暴力を煽るような発言や態度が毎回期待され、キッズたちはそれを当然のように求めた。そうした状況に嫌気が差し、バンドは活動休止を決断することとなった。

しかし、Killing Time(キリング・タイム)のサウンドとアティテュードがなければ、ビートダウン・ハードコアは誕生しなかっただろう。クロスオーバー・スラッシュとタフガイ・ハードコアの要素をつなぎ、ビートダウン・ハードコアへの橋渡しを果たした存在なのだ。
 

Killing Time(キリング・タイム)


出典:facebook_killingTime