New York Hardcoreニューヨークハードコア・シーンについて
(1980-1990)完全版PART-4

𝄃ブルックリンのハードコア・シーン

ロウアー・イースト・サイドが主流だったハードコア・シーンも、1990年代に入るとブルックリン地区のバンドが活気を帯び始めた。Carnivore(カーニヴォア)を皮切りに、Confusion(コンフュージョン)、Lament(ラメント)、Life of Agony(ライフ・オブ・アゴニー)、Merauder(メラウダー)、Patterns(パターン)など、個性豊かなバンドが次々と結成されていった。

その中でも中心的な役割を果たしていたのが、Biohazard(バイオハザード)である。スキンヘッド2人、長髪2人という編成で、ハードコアとメタルが半々に混ざったメンバー構成だった。Cro-Mags(クロマグス)系のハードコアに、Helmet(ヘルメット)系のグルーヴメタル、さらにBeastie Boys(ビースティ・ボーイズ)のヒップホップ要素を融合させたサウンドは、ニューヨークの薄汚れたコンクリートや落書きに覆われた壁といった都市の風景と、タフガイ・ハードコアの精神性を見事に体現していた。
とりわけ代表曲「Punishment(パニッシュメント)」は革新的で、当時のシーンにおいては何もかもが新鮮だった。彼らのサウンドは、1990年代以降に登場する多くのバンドにとって扉を開く存在となった。
 

Biohazard(バイオハザード)


出典:Metal Hammer

Confusion(コンフュージョン)は、スラッシュメタル、デスメタル、そしてニューヨーク・ハードコアを融合させたサウンドで、デスコアの先駆者として評価されているバンドだ。強烈なチャガリズムに加え、ハードコアというよりはクランチーなメタル寄りの不気味な雰囲気をまとい、音楽の空気感に呼応するような怒りに満ちたヴォーカルが特徴的である。そこにモッシュ・グルーヴを融合させた彼らのスタイルは、独自の存在感を放っていた。
活動期間は1990年から1994年までのわずか4年間ながら、2000年代にブレイクするデスコア・シーンに多大な影響を与えた。

Merauder(メラウダー)は、クロスオーバー・スラッシュからメタルコアへと移行した、ニューヨーク・ハードコアの原点に位置づけられるバンドだ。1996年のデビュー・アルバム『Master Killer(マスター・キラー)』では、スローダウンしたPantera(パンテラ)風のメタルに、Morbid Angel(モービッド・エンジェル)を彷彿とさせるデスメタル、ドゥーム/スラッジ、そしてCro-Mags(クロマグス)やAgnostic Front(アグノスティック・フロント)といったニューヨーク・ハードコアの要素を融合。そこにタフガイ・ハードコアの精神性を加え、独自のサウンドを築き上げた。
まさに、ニュースクール・ハードコアの最先端と呼ぶにふさわしい、新しく画期的な音像だった。
 

Merauder(メラウダー)


出典:NO ECHO

In Effect Records(イン・エフェクト・レコーズ)のオーナー、Howie Abrams(ハウィー・エイブラムス)によれば―― 「1990年代、ニューヨーク・ハードコアに影響を与えたハードコア・バンドの中で、ニューヨーク・ハードコアのようなサウンドを鳴らしていたバンドは存在しなかった。すべてが削ぎ落とされ、ゼロから始まったんだ。もちろん、誰もがそれを始めた人たちには敬意を払っていたよ。Crown of Thornz(クラウン・オブ・ソーンズ)は、キャリアを通してAgnostic Front(アグノスティック・フロント)の影響を受け継いでいた。でも、“メタルとは別のものとしてのハードコア”――つまり、まだパンクを遠い親戚のように捉えていたようなハードコアは、ほとんど一掃されてしまった。」

「シーンの“純粋なコミュニティ”という側面は残った。それは今でも間違いなくニューヨーク・ハードコアだ。その精神は常にそこにあるし、それはとても魅力的なことだと思う。実際、これほど大きく、これほど多様性に富み、さまざまな場所から子供たちが集まってくるこの街で、そのような精神が存続していることは、魅力的であるだけでなく、奇跡に近いことだよ。」と、1990年に入って、ニューヨーク・ハードコアは、別物と呼ばれるほどの進化を遂げた。それは、新たな世代による新しいシーンの幕開けだった。

1990年代の細分化したニューヨーク・ハードコアを軽く紹介したところで、『NYHC:New York Hardcore 1980-1990(ニューヨークハードコア1980-1990)』は終了する。1990年以降、ニューヨーク・ハードコアは、デスメタルから、メタル、ヒップホップ、ニューウェーヴ、宗教、アナーコ・パンクまでも内包したアメリカを代表する巨大なシーンへと成長する。それもひとえにニューヨークという大都市に住む多民族がもたらす様々な音楽性と、ストレートエッジやタフガイなどの多様な価値観が、混ざり合う場所だったからだろう。
 



ニューヨーク・ハードコアは、現在も進化を続けながら、ハードコアの最前線を走り続けているシーンなのだ。