New York Hardcoreニューヨークハードコア・シーンについて (1990-1999)PART-2 ブルックリン・ハードコア

 

Patterns(パターンズ)

Patterns(パターンズ)は、1990年前後にブルックリンで活動していた伝説的バンドで、後にCandiria(キャンデリア)のメンバーとなる人物が在籍していたことでも知られている。音楽性はクロスオーバー・スラッシュにハードコアを掛け合わせたスタイルで、Merauder(メラウダー)、Dmize(ダマイズ)、Biohazard(バイオハザード)といった1990年代初期のブルックリン特有の、ダークで荒々しいグルーヴと空気感を備えていた。無名に近い存在ながら、ブルックリンのクロスオーバー・ハードコアを象徴するバンドのひとつとして評価されている。

 

Candiria(キャンデリア)

1992年に結成されたCandiria(キャンディリア)は、ブルックリン・ハードコアの中でもひときわ異色の存在として知られている。ハードコアを基盤にしつつ、ジャズ、ヒップホップ、プログレッシブ・メタル、フュージョンといった多様な要素を大胆に融合し、ブルックリンの多文化性を体現した“異端児”として評価されてきた。そのジャンルを越境するサウンドは、Mathcore(マスコア)の先駆者として語られることも多い。



Candiria(キャンディリア)はニューヨーク・ハードコアのストロングスタイルを基盤にしながら、ジャズの即興性や変拍子、ポリリズムを大胆に取り入れ、曲中で突然ジャズ・セッションのような展開へ切り替わることもある。ヒップホップのグルーヴも強く、ヴォーカルのCarley Coma(カーリー・コーマ)はラップ的なフロウを自在に操る。さらに、プログレッシブな構成によって1曲の中で複数のジャンルを横断する複雑な構造を生み出している。
この“ニューヨークの坩堝(るつぼ)感”こそが、彼らが唯一無二とされる理由であり、ニューヨーク・ハードコアの枠を超えた実験精神こそがCandiria(キャンディリア)の最大の魅力である。

1995年に発表されたデビュー作『Surrealistic Madness(シュリアリスティック・マッドネス)』では、ニューヨーク・ハードコアにデスメタルとジャズを掛け合わせた、Candiria(キャンディリア)の個性の原型がすでに確立されている。荒削りながらも、変拍子、ジャズ・ブレイク、ラップ的フロウといったCandiria(キャンディリア)の要素はすでに出揃っている。しかし、この時点ではジャズ・パートはあくまで“挿入”の域にとどまり、まだ完全には統合されていない。都市の混沌、精神の分裂、抽象的な暴力——1990年代ニューヨークの“治安悪化期”の空気をそのまま封じ込めたような質感のサウンドが特徴だ。



1997年に発表された2作目『Beyond Reasonable Doubt(ビヨンド・リーズナブル・ダウト)』では、ジャズ、ヒップホップ、メタル、ハードコアといった要素が曲単位ではなく“1曲の中で”本格的に融合し始め、ジャンル越境が一気に加速する。ポリリズムや変拍子はさらに複雑化し、Carley Coma(カーリー・コーマ)のラップもより強調され、ニューヨークのストリート感が一段と濃くなった。都市生活の圧力、精神の分裂、哲学的な内省といったテーマを、暴力ではなく“精神の混沌”として描き出した、ニューヨーク・ハードコアのリアルを体現する作品である。



1999年に発表された3作目『The Process of Self-Development(ザ・プロセス・オブ・セルフ・デベロップメント)』では、ジャズ・パートが“本物のジャズ”として成立し始め、メタル、ジャズ、ヒップホップの境界がさらに曖昧になり、プログレッシブ化が一気に加速する。曲構造はより複雑化し、プログレッシブ・メタル的な長尺構成も増えていく。アルバムのタイトルが示す通り“自己の発達・変容”をテーマにしており、精神世界の描写はより抽象的かつ哲学的なものへと深化した。



2001年に発表された4作目『300 Percent Density(300パーセント・デンシティ)』は、Candiria(キャンディリア)が追求してきたサウンドがついに完成形へ到達した作品であり、最高傑作と評されることも多い。ニューヨーク・ハードコアにジャズ、ヒップホップ、プログレ、フュージョンが完全に融合し、変拍子のグルーヴは極限まで洗練。まさに“密度”という概念を音で体現したような圧縮されたサウンドが特徴だ。歌詞では、都市生活の圧力、情報過多、精神の肥大化といったテーマを扱い、ブルックリンの過密で混沌とした現実を音として描き出している。



2004年に発表された5作目『What Doesn’t Kill You…(ワット・ダズント・キル・ユー)』は、2002年の交通事故からの再生を反映した作品である。これまでの作品と比べてメロディアスで、感情の起伏が大きく、ハードコア的な攻撃性と静かな内省パートの対比がより鮮明になった。生死の境界、痛み、再生といったテーマが前面に出ており、Candiria(キャンディリア)の作品の中でも最も“人間味”が強く表れたアルバムと言える。



Candiria(キャンディリア)は、ブルックリンという都市が抱える混沌、自己の分裂と再構築、身体と精神の境界、抽象と具象の往復、都市生活がもたらす過剰な情報とストレス、意識が朦朧とする不安定な精神状態、そして自己と外界の境界が曖昧になりカオスへと傾く世界を音で表現したバンドである。こうした“都市の精神性”を描き出した点こそ、彼らがブルックリン・ハードコアの中でも異端とされる所以である。