Grail Guard(グレイル・ガード) --『Still No Future(スティル・ノー・フューチャー)』 (2026)

イギリスはコヴェントリー出身のポリティカル・ハードコア・バンドの1stフルバルバム。イスラム教徒によるハードコア・バンドで、いままで人種差別や性差別と女性蔑視、トランスフォビア、外国人嫌悪に、劣悪な労働条件と大量失業などの怒りを歌ってきた。

そのサウンドは、Conflict(コンフリクト)やThe Exploited(ジ・エクスプロイデッド)などからの影響を感じるイギリス初期ハードコア・パンク。煽情的で激しく熱いコーラスが特徴のバンドといえるだろう。

拳を振り上げるような熱いOiコーラス、怒りを煽るような男臭い怒声ヴォーカル、激しくノイジーで煽情的なメロディーが宿るギター、間段畳みかけるような展開、典型的な80年サウンドだが、そこに込められた攻撃性と熱量と迫力がすごい。

『依然として未来はない』という意味のアルバムタイトルが示す通り、「People Just Like You(あなたと同じ人たち)」では「移民や亡命希望者に対する君の見解は嘆かわしい、ファシズムの民族国家を築くのが君の好きなことだ」と歌い、「Our Streets私たちの街」では「自分のクソみたいな国に帰れパキスタン人」と歌っている。また「Cruel Britannia残酷なブリタニア」では「彼女は決して偉大ではなかった 植民地の遺産、嘘と憎しみ」と歌い「Anxieties不安」では「金持ちが貧乏人から盗む 金持ちのクソ野郎どもを養わなきゃならない」と歌っている。「The Rottenザ・ロッテン」では「腐敗したエリートには何か問題がある~奴らは自己中心的な嫌な奴で、寄生虫でもある 利益のための武器 戦争で何十億ドルも稼いだ なぜこんなにも多くの労働者が、クソ貧乏な労働を強いられているのか?」と歌っている。

ここで歌われている内容は、人種差別による迫害や、経営者たちによる搾取、イギリス政府の植民地政策への怒り、イギリス国家への欺瞞など、自らの人生で受けていたリアルな経験や、イギリス国家の政策への怒りを歌っている。

Grail Guard(グレイル・ガード) のプレスリリースが、あまりにも熱い内容なので、ここに記載したい。

「2026年、イギリスのパンク・シーンは50周年を迎える。1976年当時、極右勢力は勢力を拡大し、政治は腐敗に満ちていた。新聞は嘘と憎悪をまき散らし、社会の多くの人々が疎外され忘れ去られたと感じていたため、暴動が頻繁に発生していた。

2026年の政治・社会情勢は、1970年代と多くの共通点を持つ。再び極右勢力の台頭が見られるが、今回はかつてないほど組織化されており、トランプ大統領やイーロン・マスクといった巨大なグローバルな支援者や、極右コンテンツを宣伝・収益化するアルゴリズムが存在する。非難の矛先は外国人に向けられ、恐怖を煽っている。腐敗した政治家は嘘をつき、身内を庇っている。生活費高騰危機は、富裕層がますます富み、史上最多の億万長者が誕生し、貧困層がますます貧しくなるという現実を浮き彫りにしている。

怒りと憤りは、パンクにおいてよく知られた二つの道筋である。これらの道筋は、困難な状況から抜け出し、新たな声を生み出すための手段として用いられてきた。そうした声は、偽善と貪欲を糾弾し、変革を叫び続けている。抗議はパンクの真髄であり、これまで以上に必要とされている。現代の若者は、50年前とほとんど変わらない多くの社会課題に直面している。人種差別、性差別、外国人嫌悪、大量失業、劣悪な労働条件、女性蔑視、トランスフォビアなど、構造的な問題は依然として解消されていない。

Sex Pistols(セックス・ピストルズ)は1977年に「No Future(未来はない)」と叫んだ。 それから半世紀が経った今、Grail Guard(グレイル・ガード)は『Still No Future(スティル・ノー・フューチャー)』で、当時と同じように、多くの人々がトラウマ的な経験に直面し続けている現実を突きつけながら、「未来はない」と再び叫んでいる。

フロントマンであるRiaz(リアズ)は、人種差別主義者から「自分の国に帰れ」と頻繁に言われる中、彼は90年代後半の子供時代から、DIYパンク、社会主義、反ファシズム、反人種差別運動に参加してきた。変革を求めて行進し、理想的な未来を勝ち取るために闘っている。反イスラム、排外主義を掲げるブリテン・ファーストやリフォームといった政党の台頭、そして日々私たちの画面に溢れる広範な反移民感情のおかげで、3人の娘たちが自分と同じ差別の偏見に直面しているのを目の当たりにしている。

///ここから
本作『Still No Future(スティル・ノー・フューチャー)』は現在の政治、社会、経済情勢を反映しているが、パンクの黎明期に存在していてもおかしくなかっただろう。歴史上特に暗い時期に、前向きな変化をもたらそうと願う、時代を超越した作品だ。この国には変化が必要だ。Riaz(リアズ)が語る内容は、「このアルバムの歌詞、そして私が普段書いている歌詞は、すべて実体験に基づいている。14歳で初めてバンドを組んで以来、ずっと曲をノートに書いてきたが、年齢を重ねるにつれて、自分の気持ちをより的確に表現できるようになった。」イギリスの小さな町で育った私にとって、見た目が人と違うということは、疑問や憶測、そして説明を求められるプレッシャーを常に伴うものだった。9.11同時多発テロ以降、そのプレッシャーはさらに強まった(街中で呼び止められて9.11についてどう思うかと聞かれるのは、狂気じみた奇妙な体験だった)。イスラム教徒であることはもはや単なるアイデンティティの一部ではなく、正当化すべきもの、人々が投影する対象になってしまった。同時に、これはパンクやハードコアに安息の地を見出すことについての記録でもある。そこには、抵抗、個性、そして真実が求められるはずの空間がある。しかし、そうした空間でさえ、多様性が欠けていることがよくある。イギリスのオルタナティブ・シーン、特にハードコアは、圧倒的に白人中心に感じられることがあり、その多数派に属していない者にとっては、その不在(多様性の欠如)がひときわ目につく。

インド人でありながら、このようなハードコア・バンドのフロントマンを務めることは、単なるギミックでも、見せかけだけの主張でもない。それは単に、私たちという存在の現実なのだ。だが、それは重要なことだ。可視化は重要だ。単なる形だけのものとしてではなく、「これらのパンク/ハードコア・バンドは私たち全員のものだ」と示す意味においてだ。こうした経験はここにも存在している。私が子供の頃にバンドを始めた頃と比べ、今や有色人種が中心となったバンドがより多く結成されている。表現の面では、当時はAsian Dub Foundation(アジアン・ダブ・ファウンデーション)とKing Prawn(キング・プローン)くらいしかなかったから、シーンに私たちのような存在が増えているのを見るのは素晴らしいことだ。

このアルバムは、人種差別、アイデンティティ、不安、そして歴史の重み、英国植民地主義の遺産、そしてそれが今なおどのように響き渡っているかについて語っている。また、こうしたテーマがパンクの「外側」にあるという考えにも異議を唱えている。そうではない。かつて一度もそうだったことはない。私にとってパンクは常に政治的なものだった。『Still No Future(スティル・ノー・フューチャー)』の歌詞には、富の不平等に対する私の苛立ち(「なんでこんなに多くの働く人々が、クソみたいな貧困の中で働いているんだ」 – The Rottenザ・ロットン)から、人生への絶え間ない不安で眠れない苛立ち(『Insomnia(インソムニア)』)、そしてイギリスで育ったにもかかわらず、今なお「自分の国に帰れ」と言われること(大抵は顎のない白人男から)を歌った『Our Streets(アワ・ストリーツ)』のような曲に至るまで、私の苛立ちを反映している。

これらの曲には怒りが込められているが、同時に内省もある。苛立ちもあるが、メッセージを和らげることなく理解されたいという願いもある。ソーシャルメディアにいくつかのリールを投稿してみて興味深かったのは、私が歌っていることすべてに対して、私たちの言っていることに難癖をつけるネット上の批判者が必ず現れるということだ。ある男は、英連邦出身の有色人種がここに来るよう求められたという証拠はないと言い、それはすべてBBCの「プロパガンダ」に過ぎないと主張していた。彼は50代の禿げかけた男たちに向けて、パンクは決して政治的なものではなかったのだから、俺たちは「パンク」ではないと説教していた。と記載されている。

個人的な感想になるが、これを読んでパンクとは何か?と考えさせられたし、熱い気持ちになった。まさに本能に訴えかける真のパンクといえる作品なのだ。90年代のメロコア以降、パンクという言葉は、ポップな音楽という言葉で使われることが多くなった。だが10代のころ、“パンクを聴いて人生が変わった”という想いが、この作品を聴いて改めて蘇った。

価値観が多様化し、どんなに時代が変わっても、反社会、反政治というパンクの本質は変わらない。イスラム教徒によるパンクは、80年代の懐古主義ではない。いまのバンドたちに失われたパンク・スピリットの原点を持ちながらも、新しさが加わっている。パンクの原点という、失われていたあの熱い思いを、再び呼び覚ましてくれる作品なのだ。