Frank Turner(フランク・ターナー)
『Tape Deck Heart(テープ・ディック・ハート)』

Tape Deck HeartTape Deck Heart
Frank Turner

Interscope Records 2013-04-22
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13年に発表された5作目。前作、『イングランド・キープス・マイ・ボーンズ』は、大手インディーレーベルのエピタフと契約をしたことも手伝って、世界的な名声を獲得する作品になった。その内容はアコースティックギターを中心とした語り引きで、イングランドの歴史と伝統や死をテーマにしていた。そして今作では、前作のブレイクをきっかけにメジャーデビューを果たし、さらなる飛躍を遂げた。

 

今作ではバンド形態となり、バラエティー豊かな作品に仕上がった。厳密にいえば、前作からバンド形態に移行していた。たが、あくまでフランク・ターナー自身がメインで、曲はアコースティックギターの語り引きが大半を占めていた。ドラムやベースを入れたバンドサウンドの曲も、メンバーの意見はそこには反映されておらず、あくまでプロジェクトの延長上にあった。それが今作では、ベン・ロイの独特の弾き方など、メンバーそれぞれの特徴が顕著に反映されている。サウンドの根底にあるのは、グランジやエモなどのアメリカロックからの影響だ。そこにアイルランドの民族音楽や、イギリスの古典的なロック、ビリー・ジョエルのような上品なピアノの曲を加え、イギリス・フォーク風な味付けをしている。そこにはまるでシャーロック・ホームズの世界観のような、ジメジメと湿っていながらも、イギリスの伝統を重んじる誇り高さと気品が漂っている。フランク・ターナーらしいオリジナルなサウンドを確立したのは、今作からといえるだろう。

 

王道のアコースティックギターの語り引きの曲も今作でも健在だが、死や英国の伝統などの外へ視野を向けた内容がテーマだった『イングランド・キープス・マイ・ボーンズ』とはうって変わり、今作では、失恋などのパーソナルな内容で、自分の内面世界に焦点を当てている。今作を制作する前、フランク・ターナー自身、長く付き合っていた恋人と別れたそうだ。このアルバムは、その失恋の後に書かれた作品で、倦怠期を迎えたときに起こりうる出来事について書いて、歌詞を書いたそうだ。テーマは、長く続いた恋愛の終焉だそうだ。

 

アルバムは、失恋から立ち直り清々しさが漂っている“リカバリー”から始まり、心に受けた傷を急速に洗い流すような癒しのメロディーが印象的な“プレイン・セーヴィング・ウェザー”へと進んでいく。そしてよりを戻そうとして努力した結果、修復できず、何も出来ない悔しさと無力感が漂っている“グッド&ゴーン”と、別れの兆候が漂い、心を引きちぎられるような想いを歌った“テル・テイル・サインズ”を挟み、過ちと懺悔の気持ちの気持ちを歌った“エニーモア”と進み、最後は喪失感と孤独に満ちた“ブロークン・ピアノ”で終わる。曲が進むにつれ、過去の古傷を探っていくような、暗く悲しい憂鬱な気持ちになっていく展開だ。

 

ミュージシャンは、失恋をすると名曲が2曲生まれるという話をよく耳にする。そのつらい気持ちをメロディーと歌詞に置き換え、人々の共感を生むためだ。彼もそれに習い、サウンドのバラエティーの豊かさと、傷口をあやす優しいメロディーなどが、ブラッシュアップされ、ミュージシャンとしてレベルアップしている。今まで感じることの出来なかった感情を理解し、歌詞で表現することが出来るようになった。そういった意味では飛躍的に成長を遂げた作品だ。

 

だがいままで彼の特徴であった特定の人物を攻撃した皮肉に満ちた歌詞や、流行や政治への批判、夢に向かって熱く情熱的に生きているパンク・ソングは、今作にはない。イギリス人らしいウイットの利いたブラック・ユーモアもない。フォーク・パンクと呼ばれた彼の個性がなくなってしまった。そういった部分では、いささか寂しい気がする。 だがそれは12年8月に立ち上げたサイドプロジェクト、モンゴル・ハーデーで、“ハウ・ザ・コニュニストズ・ルーインド・クリスマス”(共産党はクリスマスを破滅させる)や、“テープワーム・アップライジング”(サナダ虫の暴動・・・・お腹のなかで寄生虫が暴れること)シリアスな内容について歌っている。そこではブラッグ・フラッグやマイナー・スレッドなどのクラシックなハードコアを展開している。そちらの活動も今後楽しみだ。