ザ・ムーン・イズ・ダウン ファーザー・シームズ・フォーエヴァー HOWLING BULL Entertainmen 2002-03-06 |
01年に発表したデビュー作。初のフルアルバムであるが、最高傑作はこの作品。彼らのことを説明する前にまずフロリダのパンクシーンから説明したい。83年に発売されたコンピレーション『We Can’t Help It We’re From Florida』が、フロリダのハードコア・シーンの始まりであった。90年代に入るとスカ・コアのレス・ザン・ジェイクやホット・ウォーター・ミュージックなどが活躍し、パンクシーンが形成された。その後00年に入ると、ニュー・ファンド・グローリーやイエローカードなどのメロディック・パンクや、シャイ・ハルードなどポイズン・ザ・ウエルなどの叙情系のハードコア、アンダーオースなどのスクリーモ、アンバーリンやコープランドなどのクリスチャン・パンクなどに枝分かれし、独自のパンク・シーンを築いていった。
ファーザー・シームス・フォーエバーは、クリスチャン・ハードコア・シーンから現れたバンドだ。クリスチャン・ハードコアとは、フロリダでは93年から98年にかけて活躍したストロングアームが先駆者だといわれている。このバンドはボーカルが結婚を機に解散。ドラマーのスティーヴが叙情系ハードコアバンド、シャイ・ハルードを結成。ヴォーカルを除いた残りの4人がファーザー・シームス・フォーエバーを結成する。それがこのバンドの始まりだ。ストロングアームは、クリスチャン音楽からの影響されたメロディーと、メタリックで叙情系のメロディーに、スクリームを加えたサウンドだった。そのメロディーを踏襲し、メタルからの影響とスクリームをなくしたサウンドが、ファーザー・シームス・フォーエバーの特長だ。
サウンドのベースになっているのは、ライツ・オブ・スプリングやミネラルに影響を受けたエモ。だが彼らしかない個性は、クリスチャン音楽からの影響を感じるギターのメロディーと、クリス・ギャラハーの透明でエモーショナルな熱い歌声の組み合わせにある。そこから想起させるイメージは、カトリックの教会のような厳かなでロマンチックで神聖な世界。吐く息が白い真冬をイメージさせるリヴァーヴのかかったボーカルとギターに、雪の結晶のようにキラキラと光るギターのメロディー。そこには光の射す正しい道に進んでいるような神聖な気持ちと、苦難があっても信じた道を進んでいく熱さがある。たとえば“ザ・ブラッドリー”では<激しい言葉は聞くものを麻痺させる。怒りは無駄な時間となるだけ>と歌い、“マディソン・プラップ”では<真実はベールで覆われた侮辱の中に隠され、形式に拘り生きてきた人には、失望する結果があたえられる>と歌っている。そこにはヨハネ黙示録のような示唆と教訓に満ちている。クリスチャンからの影響が強いバンドだといっても、心の安らぎや平穏、宗教への逃避願望といった感情はない。キリスト教からの教訓を心の糧に、苦難の多い人生に立ち向かって行こうする姿勢があるのだ。
この作品を最後にダッシュボード・コンフェショナルという名のソロプロジェクトに専念し、のちに大ブレイクを果たすクリス・ギャラハーだが、そこではおもに彼女にフラれた悔しさを歌っている。このときならではの勢いと初期衝動、そして教訓を胸に自らの人生に立ち向かっていく熱さは、あとにも先にもファーザ・シームス・フォーエバーでしか表現していない。この作品のみに初期衝動という熱気が閉じ込めているのだ。クリスチャンと透明な神聖さとエモーショナル・ハードコアの熱さ。その二つの要素が融合した作品なのだ。そんな稀有な個性はこのバンドくらいだろう。