American Slang Gaslight Anthem Side One Dummy 2010-06-14 |
10年に発表された3作目。アルバムを製作する当初、09年の夏までに新曲を完成させようと考えていたが、なにもアイデアが浮かばず、相当悩んだという。それほど難航したアルバムなのだ。今作は3枚目にあたる作品で、クラッシュの『ロンドン・コーリング』をヒントに、製作されたそうだ。パンク界から見れば『ロンドン・コーリング』は、パンクへのこだわりを捨て、自らが影響を受けた音楽を素直に出した作品と言われている。信念を捨て、ファンが望むものよりも自分たちがやりたいサウンドを追求した結果、賛否両論を巻き起こした作品だ。
だが彼らなりの『ロンドン・コーリング』の解釈は、自分たちのルーツを素直に出そう、そして音楽を楽しもうという姿勢で作られたに違いない。だからなのか、今作ではエモの繊細なメロディーからの影響はまったくない。クラッシュのシンプルなパンクをベースに、トム・ウェイツや初期のクラプトン、ローリング・ストーンズなどのブリティッシュ・ブルースのメロディーを加え、ギターコード中心のシンプルな作品に仕上がっている。前作は、00年代のエモに50‘Sサウンドを加え、古きよき新しさを目指したが、今作では自分たちの好きなメロディーを取り入れ、やりたいサウンドをやるといった意識で作られている。
そしてボーカルはソウルなどの伸びのある歌い方が加わり、飛躍的に成長した。前作の純朴さや泣きメロはなく、開き直ったように明るくなり、力強さが増している。まるで労働者や貧困層に、<ここで負けるな!立ち上がれ>といった具合に気持ちを鼓舞している。まさにタイトルの『アメリカン・スラング』そのものだ。
そもそも『アメリカン・スラング』とは、アメリカン・ドリームのダークサイトを意味している造語だ。今作のテーマは、アメリカン・ドリームに破れたルーザーに焦点を当てている。アメリカ人の多くは栄光をつかむために成長し、生きるために必死になって働く。アメリカ人の誰もが夢をつかむチャンスがある。だがすべての人々に平等にチャンスが与えられているわけでもなく、誰もが必ずしも成功するわけではない。夢に敗れるものもいれば、運に見放され、成功から転落し、不幸な顛末を迎えるものもいる。貧しい環境に育ち恵まれない境遇から這い上がれない人もいる。幸福の形は似通っているけど、不幸の形は多種多様だ。ここで登場する人物は、そんな不幸形を背負った人たちだ。すべてを失い挫折を経験した人たちに、逆境からもう一度立ち上がれと喚起している。そこには孤独や悲しみのかけらは微塵もない。あるのは人生のリセットボタンを押したときのような、すがすがしい気分と、立ち向かっていく強い意志だけだ。
自分たちのサウンドをとことん楽しもうとする姿勢と、逆境から這い上がっていこうとする歌詞は、開き直った明るさがあるところで、共通している。一躍その名を有名にした前作を超えるというプレッシャーから開放された結果、この境地に達したのだろう。良い境遇に置かれているにしろ、彼らの気分もまた、開き直りを求めていたし、逆境から這い上がりたかったのだ。前作の素朴な熱さとはまたべつの、垢抜けた気分の今作もいい作品だ。