Mannequin Pussy (マネキン・プッシー)
『I Got Heaven(アイ・ゴット・ヘヴン)』

クィア(性的マイノリティ)、アフロ・アメリカン、女性のメンバーからなる、ペンシルベニア州フィラデルフィア出身のパンクバンドのシングル。3枚のアルバムとEPの後に発表された作品で、ここではノイズポップなサウンドを展開している。

L7をさらに過激にノイズ・ロックに仕立てたデビュー作の『Mannequin Pussy(マネキン・プッシー)』から、ノイジーでローファイにエモなどを取り込み進化した『Romantic(ロマンティック)』、そして『Patience(ペイシェンス)』では、ガレージロックとパンク、パワーポップを合わせたソフィスケートされたサウンドで、アメリカの音楽サイト、ピッチフォークで2019年のベスト・オブ・パンクと評価された出世作となった。

作品を重ねるごとに、多重人格者のようにより感情の深み増し、ポップな繊細からヘヴィーでシリアスなサウンドに表現の幅が広がってきたMannequin Pussy (マネキン・プッシー)。ささやくような艶やかでハスキーな女性ボーカル。ノイジーな激しさから静けさに満ちたメロディックで繊細な音色に変化していくギター。不安で憂鬱な脆弱性と、激しく破壊力のある強靭さが混沌するサウンド。そこには柔らかくメランコリックな感情から、ヒステリックな怒りまで、情緒不安定に感じるほどの感情の揺れがある。

その複雑な感情には、クィア(性的マイノリティ)、アフロ・アメリカン、女性という出自が関係している。性的奴隷や性的玩具として扱われたことに対する怒りを歌った『Mannequin Pussy(マネキン・プッシー)』。性的奴隷を深く掘り下げ、怒りの奥にある愛や失恋、トラウマなどの感情を優しく告白した『Romantic(ロマンティック)』。性奴隷として扱われて傷つく脆さと、拒絶するため攻撃的に立ち向かっていくタフさなどの二律背反する感情を、女性の弱さと強さで表現した『Patience(ペイシェンス)』。性的弱者やLGBTQのマイノリティーという立場で、複雑な感情を表現してきた。

『I Got Heaven(私は天国を得た)』な名付けられたシングルでは、90年代を彷彿とさせるローファイなノイズギターにポップなメロディーを載せ、甘く艶やかな歌声と怒声が入り混じった、混沌としたノイズポップなサウンド展開。

歌詞は<神のように辛く、他者に復讐する~私の中に天国がある。私は天使>と、Marisa Dabice(マリサ・ダビース)の愛の形を述べている。そこには愛という清き純粋な心と憎しみと暴力が同居した愛憎の感情がある。個人的な観点から見れば愛するがゆえに憎しむ感情で、大局的な視点で見ると、愛を伝道するキリスト教の正義による憎しみの戦争といったキリスト教の欺瞞について歌っている。

世間一般の宗教的なモラルや、常識、民族の伝統に固執したナショナリズムを否定。LGBTQや多様な価値観と生き方と考えを柔軟に取り入れたコスモポリタンなバンド。新しい価値観のパンクとは、そんな考えのなかから発展・進化し生まれるものなのだ。サウンド的にもポップで聴きやすく新しさのある素晴らしいシングルだ。