Los Angeles Hardcoreロスアンゼルス・ハードコア・シーンについて

映画『The Decline(ザ・デクライン)』は、1980年のGerms(ジャームス)を中心とした新世代の若者たちによる、ロスアンゼルス・ハードコア・シーンを紹介した映画だった。それ以前の1976年から1979年にかけて、ロスアンゼルスには第一世代と呼ばれるパンク・シーンが存在していた。1976年RAMONES(ラモーンズ)のデビュー作『RAMONES(ラモーンズ)』が、画期的なパンク・サウンドを生み出し、アメリカ全土へと影響力を波及していく。この時期のカリフォルニア・パンク・シーンは音楽的に折衷的で、アート/実験パンク、ニューウェイヴ、エレクトロパンク、パンクファンク、ロカビリー、デスロック、ハードロックなどのジャンルを横断するサウンドを持つバンドが数多く存在していていた。

ここではロスアンゼルス・パンク・シーンで活躍したバンドたちを紹介したい。

The Dickies(ディッキーズ)


出典:ALL MUSIC
The Dickies(ディッキーズ)は、キャッチーなメロディーと、ハーモニー・ヴォーカル、ポップ・ソングを小気味よいスピード感のパンクと融合した、ポップパンクの先駆者と呼ばれるバンドだ。歌詞は「彼女は私を愛していない」など、愚かな友人や失恋について歌っているが、ポップで明るくパーティーのような楽しさのあるバンドだ。そのポップなサウンドはメジャーデビューを獲得した。
 

The Dils(ディルズ)


The Dils(ディルズ)は、拠点をロスアンゼルスからサンフランシスコに替えたり頻繁に引越を繰り返していた。扇情的で荒々しいパンク・サウンドで、「Hate the Rich(金持ちか嫌い)」や「Class War(階級闘争)」など、社会問題について歌っていた。
 

The Zeros(ザ・ゼロス)


The Zeros(ザ・ゼロス)は、1976年に結成され、RAMONES(ラモーンズ)と比較されたこともあるこのバンドで、西海岸のパンクロックの先駆者と見なされていた。軽快なパンクで、「やめろ、彼女は俺のものだ」「楽しみを求めて」など、人生が思い通りになることを願う自身の願望を歌っていた。
 

The Weirdos(ウィアードス)


出典:Spotify
The Weirdos(ウィアードス)は、1975年結成で、1950年代のロックンロールにインスパイヤされたパンク・バンド。ロカビリーやパブロック調のパンクで、ロックンロールの猥雑さを歌った歌詞が特徴。パンクの荒々しさや激しさこそないが、第一世代のロスアンゼルス・パンク・シーンで重要なバンドだ。
 

The Screamers(ザ・スクリーマーズ)


The Screamers(ザ・スクリーマーズ)は、1975年に結成されたエレクトロ・パンクバンド。パンクの荒々しさに暴走するデジタル音が絡みつくサウンドは、テクノ・パンクとも呼ばれていた。2005年に上映されたドキュメンタリー『パンク:アティテュード』で、Dead Kennedys(デッド・ケネディーズ)のヴォーカル、Jello Biafra (ジェロ・ビアフラ)がThe Screamers(ザ・スクリーマーズ)から影響を受けたことを挙げていた。2001年に発表された『In A Better World』まで、正式にリリースした作品はなく、伝説のバンドとして語り継がれていた。
 

The Go-Go’s(ザ・ゴーゴーズ)


出典:Forbes
The Go-Go’s(ザ・ゴーゴーズ)は、1978年に結成されたガールズ・バンド。ロスアンゼルス・パンク・シーンから登場し、1981年にデビューアルバム『Beauty and the Beatビューティー・アンド・ザ・ビート』は、ビルボードの アルバムチャートで1位を獲得。シンセサイザーのキラキラメロディーと、女性ヴォーカルのハーモニーが、シャボン玉のような浮遊感ある独特なポップ感を生み出している。Blondie(ブロンディ)やRAMONES(ラモーンズ)から進化したサウンドで、アメリカン・ニューウェイヴの礎となるアルバムの1つと評価されている。ポップロックとパンクが合わさったサウンドだ。

ザ・デクライン
ペネロープ・スフィーリス監督