Los Angeles Hardcoreロスアンゼルス・ハードコア・シーンについて

1985年以降のロスアンゼルス・ハードコア・シーン

1985年から1986年ごろになると、Germs(ジャームス)やBlack Flag(ブラック・フラッグ)など、シーンの中心を担っていたバンドたちが解散。TSOLやCircle Jerks(サークル・ジャークス)などのバンドは、よりハードロックやメタリックな方向にサウンドをシフトし、ロスアンゼルス・ハードコア・シーンは衰退期に入る。だがこの低迷期に新世代のバンドたちによる新しい動きも活発になる。Descendents(ディッセンデンツ)からバンド名を変更したALL(オール)も低迷期にひっそりと活動を続けていた。1988年には1985年に再結成したBad Religion(バッド・レリジョン)が『Suffer(サファー)』を発表し、ロスアンゼルス・ハードコア・シーンは、新世代の若者たちによって、新しく進化していく。90年代に入りロスアンゼルス・ハードコア・シーンは、メロコア・シーンへと生まれ変わり、アンダーグランドからメインストリームへと開花していく。その試行錯誤の助走期間に当たるのが、この時代の特徴なのだ。

 

1990年以降のメロコアと呼ばれるロスアンゼルス・ハードコア・シーン

1989年Social Distortion(ソーシャル・ディストーション)のメジャーデビューをきっかけに、1990年代に入り新世代のバンドたちによって、ロスアンゼルス・ハードコア・シーンは、メロコア・シーンへと生まれ変わり、メインストリームへと台頭していく。Bad Religion(バッド・レリジョン)も1994年に『Stranger Than Fiction(ストレンジャー・ザン・フィクション)』でアトランティック・レコードからメジャーデビューを果たす。1994年はGREEN DAY(グリーンディ)の『Dookie(ドゥーキー)』が全世界で2000万枚以上のセールスを記録し、THE OFFSPRING(ジ・オフスプリング)の『Smash(スマッシュ)』もインディーレーベルながら1600万枚を超えるセールスを記録した。NOFXの『Punk in Drublic(パンク・イン・ドルブリック)』、RANCID(ランシド)の『…And Out Come the Wolves(…アンド・アウト・カム・ザ・ウルブズ)』もプラチナやゴールドディスクを獲得した。そのほかにもPennywise(ペニーワイズ)、Face to Face(フェイス・トゥ・フェイス)、Guttermouth(ガッターマウス)、Lagwagon(ラグワゴン)などのバンドの台頭もあった。

そしてBlink182の大ヒットによって、メロコア・シーンは、ポップ・パンクと呼ばれる大衆化した音楽へと、変貌を遂げていく。

 
メロコア・シーンについては、またの機会に語りたいと思う。

ザ・デクライン
ペネロープ・スフィーリス監督