AMERICAN HARDCOREアメリカン・ハードコアについて(総集編)

アメリカン・ハードコアは、地域によってその特色が異なり、それぞれに歴史もあった。次のページでは各都市のハードコア・シーンの状況について説明したい。

ロスアンゼルス

ロスアンゼルス・ハードコア・シーンは、映画『The Decline(ザ・デクライン)』で詳しく紹介されている。ロスアンゼルス・ハードコア・シーンは、退廃的なGerms(ジャームス)を筆頭に、男くさく屈強なBlack Flag(ブラック・フラッグ)、ファストなCircle Jerks(サークル・ジャークス)、忌み嫌われることを追求したFear(フィアー)、芸術的反逆性を持ったXなど、多種多様の価値観なバンドたちがしのぎを削っていた。アメリカ全土のなかで派手で過激でもっともセンセーショナルなシーンだった。詳しい内容についてはLos Angeles Hardcoreロスアンゼルス・ハードコア・シーンについてで紹介しているので、こちらを読んでいただきたい。

 

サンフランシスコ

サンフランシスコもロスアンゼルス同様に、ハードコア・シーン以前に、パンク・シーンが存在していた。1976年ごろから、Crime(クライム)、The Nuns(ザ・ナンズ)などのバンドが活動していた。サンフランシスコの本格的なパンク・バンドはAvengers(アベンジャーズ)から始まった。ロスアンゼルスから移住してきたThe Dils(ディルズ)、女性ヴォーカルのU.X.A.、Negative Trend(ネガティヴ・トレンド)、The Mutants(ザ・ミュータンツ)などのバンドがサンフランシスコのパンクシーンに登場した。

そしてDead Kennedys(デッド・ケネディーズ)の登場によって、パンク・シーンからハードコア・シーンへと変貌を遂げていく。全体的な特徴といえば、ロスアンゼルス以上に、実験的で、アート志向が強かった。音楽的には折衷的で、ニューウェイヴ、エレクトロ、ファンク、ロカビリー、デスロック、ハードロックなどのジャンルをパンクに融合させたバンドが数多く存在していた。レーガン大統領を徹底的に非難したDead Kennedys(デッド・ケネディーズ)は、ロカビリーとパンクを融合し、Flipper(フィリッパー)は、ノイズロックの始祖となるような実験的なサウンドを展開していた。ニューウェーブのThe Nuns(ナンズ)やアートパンクのThe Mutants(ザ・ミュータンツ)など、多種多様の個性的なバンドを生んだ。またMDC(ミリオン・デッド・コップ)やポストパンクのThe Sleepers(ザ・スリーパーズ)、Verbal Abuse(ヴァーバル・アブーズ)など、保守の力が強すぎるがテキサス州からリベラルな風土のサンフランシスコに拠点を移したバンドもいる。

1990年代に入りハードコア・バンドたちがメタル化や過激に進化していったのに対し、ポップなサウンドを追求するバンドの両極端に分かれた。とくにポップに進化していたバンドたちは、924gilman street(ギルマンストリート)という伝説のライヴハウスを中心に活動し、GREEN DAY(グリーンディ)やRANCID(ランシド)に代表されるメロコア・シーンの一角を担っていく。

ここからはサンフランシスコのバンドを紹介したい。

 

Dead Kennedys(デッド・ケネディーズ)

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Dead Kennedys(デッド・ケネディーズ)は、アメリカン・ハードコアを代表するバンドの一つ。その最大の特徴は、政治的な姿勢と歌詞にある。レーガン大統領を小馬鹿にしたアルバムジャケットで、シニカルな笑いを引き起こし、悪意と皮肉、おふざけ、ブラックユーモアに満ち溢れていた。サーフ・パンクとロカビリーを融合したサウンドで、独特な個性を放っていた。あとにDOAや7 Seconds(セブン・セコンズ)などがリリースしたことで有名なインディーズ・レーベル「(オルタナティブ・テンタクルズ」」を立ち上げた。

 

Flipper(フィリッパー)


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Flipper(フィリッパー)は、ノイズ・パンク・バンド。スローダウンしたベース中心の激しく歪んだパンクスタイルの実験的サウンドは、後世のMelvins(メルヴィンズ)やNirvana(ニルヴァーナ)などに多大な影響をあたえた。次の世代であるグランジや、オルタナティブ、ノイズ・ロックと呼ばれるジャンルの始祖の一つとして知られるバンドだ。

 

The Nuns(ザ・ナンズ)


出典:destroyexist.com
The Nuns(ザ・ナンズ)は、1975年結成の、女性ヴォーカル、Jennifer Miro(ジェニファー・ミロ)が中心のバンドで、ガレージロックとパワーポップを融合したサウンドで、甘く艶やかな歌声が印象的。サンフランシスコ・パンクの先駆者的存在で、イギリスのニューウェーブの要素をちりばめた小気味よいテンポのキーボードの音色は、当時かなり実験的なサウンドだった。

 

Avengers(アベンジャーズ)


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Avengers(アベンジャーズ)もThe Nuns(ザ・ナンズ)と同じく、サンフランシスコ・パンクの先駆者的存在。女性ヴォーカル、Penelope Houston(ペネロペ・ヒューストン)が中心のバンドで、アグレッシヴで攻撃的で、やさぐれたパンクが魅力。歌詞は絶望や交通事故などの日常的なことから、女性の権利の主張など、保守的な世間に対する憎悪や怒りをうたっている。

 

Crime(クライム)


出典:ART FOR A CHANGE
Crime(クライム)は、革ジャンを羽織った王道パンクロック・バンド。サンフランシスコ・パンクの先駆者的存在のひとつ。Bo Diddley(ボ・ディドリー)に影響を受けたギターと、ロックンロールをベースにしたDamned(ダムド)系のパンクで、大音量でやさぐれた音をかき鳴らすのが特徴。歌詞は「犯罪の波」「ロカビリードラッグストア」など、セックス&ドラッグ&ロックンロールの王道をいく内容を歌っていた。

 

Negative Trend(ネガティヴ・トレンド)


出典:BANDCAMP
Negative Trend(ネガティヴ・トレンド)は、リリースした作品はセルフタイトルのEP1枚で、1977年から1979年と活動期間は短く短命のバンド。スローテンポのドゥーミーなスローコアの先駆けとなるサウンドで、The Pagans(ザ・ペイガンズ)やThe Stooges(ザ・ストゥージズ)の流れをくむ、生々しく、削ぎ落とされた、ダーティなロックンロールが特徴。

 

The Mutants(ザ・ミュータンツ)


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Fritz Fox(フリッツ・フォックス)が率いるThe Mutants(ザ・ミュータンツ)は、1977年にサンフランシスコの美術学校の学生7人によって結成。ポップでメロディックなパンクと、女性ヴォーカル、Sue White(スー・ホワイト)と男性ヴォーカル、Sellier Webster(セリアー・ウェブスター)と2人のシンガーの掛け合いが特徴で、サンフランシスコ初のアートパンク・バンドとして知られている。セックス&ドラッグ&ロックンロールを地で行くバンドで、1st アルバム『Fun Terminal(ファン・ターミナル)』 のレコーディング中のストレス、薬物乱用、アルコール依存症により、メンバー間の人間関係が崩壊。現在は異なるメンバーで活動している。

 

U.X.A. (United Experiments of America)


出典:Discogs
U.X.A. (ユナイテッド・エクスペリメンツ・オブ・アメリカ)は、1978年結成で、女性ヴォーカルDenise Semiroux(デニス セミルー)が中心のパンク・バンド。ハードコアとダージロックの中間的なサウンドで、AVENGERS(アヴェンジャーズ)とは女性ヴォーカルの個性が全く異なるソリッドかつメロディアスなパンクロックを展開。あとにロスアンゼルスに拠点を移した。

 

The Sleepers(ザ・スリーパーズ)


出典:Last.fm
The Sleepers(ザ・スリーパーズ)は、妖艶で暗く陰鬱なパンクバンド。ヴォーカルのRicky Williams(リッキー・ウィリアムズ)は、精神異常者として入院経験がある。「時間がない」「彼女は楽しい」「いつ飛べるの?」など、支離滅裂でとりとめのない感情をちりばめた麻薬患者のような幻覚内容のような歌詞が特徴。後年になるにつれ暗く陰鬱でダウナーなポストパンクへと進化。Ricky Williams(リッキー・ウィリアムズ)は、1992年に36歳でヘロインの 過剰摂取により他界。

 

The Offs(ザ・オフス)


出典:Facebook
1978年結成のThe Offs(ザ・オフス)は、サンフランシスコで最初のスカ・パンク・バンド。軽快なパンクに、スカ、レゲェーをミックス。後期になるにつれ、パンクロックをベースに、R&B、ソウル、レゲエ、ダブ、ドイツの実験音楽などを加え、幅広い音楽性を獲得していった。スカやレゲエをパンクやニューウェーブとミックスした最初のバンドではないが、
Operation Ivy(オペレーション・アイヴィー)などのバンドに多大な影響を与え、スカやレゲエを広めたのは彼らともいわれている。

 

CRUCIFIX (クルーシフィクス)


出典:Last.fm
CRUCIFIX (クルーシフィクス)は、980年から1984年まで活動していたハードコア・バンド。カンボジア出身のベースのSothira Pheng(ソティラ・フェン)は、大量虐殺を行ったポル・ポト首相のクメール・ルージュがカンボジアの政権を握ったときに亡命。DISCHARGE(ディチャージ)やCRASS(クラス)からの影響が強い、UK色の強いハードコア・サウンドと、戦争の残虐さを写真にしたアルバムジャケット、反戦、反体制的な歌詞の、アナーコ・パンク/ハードコアを展開していた。

 

MDC(ミリオン・デッド・コップ)


MDC(ミリオン・デッド・コップ)は、テキサス州オースティンで活動していたポリティカル・ハードコア・バンド。のちに拠点をサンフランシスコに移した。「百万の死んだ警察」というバンド名通り、反体制的なスタンスで、過激な左翼の政治思想を貫いている。最近では「No Trump, no KKK, no fascist USA(トランプはいらない、KKKもいらない、アメリカにファイスといらない)」という曲で、トランプ政権を徹底的に非難した。

 

D.R.I.( Dirty Rotten Imbeciles)


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D.R.I.( Dirty Rotten Imbeciles)は、Suicidal Tendencies(スイサイダル・テンデンシーズ)、C.O.C.、S.O.D.と並び、クロスオーバー・スラッシュというジャンルを創った偉大なバンドのひとつ。メタルなイントロにファストなハードコアを合わせたサウンドは、独特なクロスオーバーのスタイルだった。長髪のメタルキッズが、ハードコアのライヴに来だしたのは、このバンドがきかっけ。シーンの懸け橋になった存在。

 

Verbal Abuse(ヴァーバル・アブーズ)


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Verbal Abuse(ヴァーバル・アブーズ)は、テキサス州ヒューストン出身のハードコア・バンド。1983年に拠点をサンフランシスコに移した。1986年の『Rocks Your Liver(ロックス・ユア・リバー)』では、ハードコアからクロスオーバー・スラッシュにサウンドが進化した。同じく拠点をサンフランシスコに移したD.R.Iの二番煎じの印象を受けるが、Verbal Abuse(ヴァーバル・アブーズ)のほうが、もっとメタルよりのギターを取り入れている。

 

サンディエゴ

サンディエゴのハードコア・シーンは西海岸のなかでもかなり暴力的なシーンだったといわれている。1980年代、The Friends Of No One(ザ・フレンズ・オブ・ノー・ワン) や San Diego Bootboys(サンディエゴ・ブートボーイズ) などの恐ろしい名前のギャングたちが幅を利かせていた。サンディエゴのハードコア/パンクたちの目標は、ケンカすることだった。1980年代に活躍していたバンドは、Battalion of Saints(バタリオン・オブ・セインツ)が有名。

ドラッグまみれで暴力的だったサンディエゴのハードコア・シーンも1990年代に入り、暴力的な環境から脱却を図る新しい世代のバンドたちによって、Ché CaféやCasbahなどの新しいライヴハウスで、独自のシーンを作ろうとする動きにつながった。若い世代のバンドたちは、暴力や標準的なパンク/ハードコアという、没個性的なサウンドから脱却を図るため、オリジナリティを追求し始めた。

1990年代に入り、サンディエゴのハードコア・シーンは、不協和音を奏でるインディーロックのDrive Like Jehuから、Pitchfork(ピッチフォーク)、Rocket from the Crypt(ロケット・フロム・ザ・クリプト)、The Renegades(ザ・レネゲード)、Unwritten Law(アンライテンド・ロー)などのバンドにより、ポスト・ハードコア・シーンが急成長した。

そしてスクリーモの先駆者である伝説のバンドHeroin(ヘロイン)と、そのヴォーカルであるMatt Anderson(マット・アンダーソン)によって創設されたレーベルGravity Records(グラビティ・レコード)によって、サンディエゴのハードコア・シーンは、スクリーモ/ポストハードコアの独自の進化を遂げ、活性化していく。

現在では、Three One G Records(スリー・ワン・G・レコーズ)を運営し、Struggle (ストラグル)、Swing Kids (スウィング・キッズ)、Locust(ロカスト)、Some Girls (サム・ガール)、Retox(リトックス)などの複数のバンドを立ち上げ活動しているJustin Pearson(ジャスティン・ピアソン)や、アニマルライツや環境破壊をテーマにしたデスグラインド・バンドCATTLE DECAPITATION(キャトル・デカピテイション)のTravis Ryan(トラヴィス・ライアン)が立ち上げたグラインドコア・バンドAnal Trump (アナル・トランプ)など、過激なバンドたちが活躍している。反キリスト、反体制が先鋭化した刺激的で過激なバンドたちが多いのも、現代のサンディエゴ・ハードコア・シーンの特徴だ。

 

Battalion of Saints(バタリオン・オブ・セインツ)


出典:Discogs
Battalion of Saints(バタリオン・オブ・セインツ)は、煽情的でメロディックなギターのハードコア/パンクで、アグレッシヴで攻撃的なサウンドを展開していた。バンド名の由来はモルモン教の教典にある“聖人達の行軍”(MORMON BATTALION)から採ったといわれている。とくにフロントマンのGeorge Anthony(ジョージ・アンソニー)は、ライヴ中に、TOTAL CHAOS(トータル・カオス)のJOE BASTARD(ジョー・バスタード)が13人くらいに囲まれボコボコ殴られているのを面白がってみたり、BLACK FLAG(ブラッグ・フラッグ)のライヴ中に、ヴォーカルのHENRY ROLLNS(ヘンリー・ロリンズ)に対して、いきなり顔面を殴って鼻血まみれになったり、The Lords of the New Church(ローズ・オブ・ザ・ニュー・チャーチ) のヴォーカル、Stiv Bators (スティーヴ・ベイターズ)をぺレットガンで撃ったり、破天荒な行動で有名だった。メンバーの全員が薬物中毒で、スピードやヘロインを打ちながら、ほどんど寝ていない状況で車を超高速で走ったり、かなりぶっ飛んだエピソードがある。狂人でかなり暴力的なバンドであったと知られている。