BEATDOWN HARDCORE ビートダウン・ハードコアについて

ビートダウン・ハードコアの誕生(1990年代後半から2000年代前半)

1990年代半ばから2000年代初頭にかけ、ビートダウン・ハードコアと呼ばれるシーンは誕生した。1998年にドイツのレーベルGAIN GROUND(ゲイン・グラウンド)からリリースされたコンピレーション・アルバム『A Fistful Of Hardcore』に収録されたバンドたちが、あとにビートダウン・ハードコアと呼ばれていく。

このアルバムに参加しているアーティストは、Bulldoze(ブルドーズ)の別プロジェクト・バンドTerrorzone(テラーゾーン)から、ヘイトコアと呼ばれたNeglect(ネグレクト)、ボルチモアのNext Step Up(ネクスト・ステップ・アップ)、戦争の残虐さを歌ったAll Out War(オール・アウト・ウォー)、西海岸出身のHoods(フッズ)、ニュージャージ出身のタフガイバンドFury Of Five(フューリーオブファイブ)。スローテンポのビートダウンした曲展開で、タフガイ・アティテュードを持ったバンドたちを集めたコンピレーション・アルバムなのだ。

Bulldoze(ブルドーズ)

ブルドーズ
出典:facebook
1996年に発表された『The Final Beatdown(ザ・ファイナル・ビートダウン)』は、コミニティーの団結と裏切り者への攻撃というタフガイ・アティテュードで、重くダウンチューニングされたギター、テンポを落としグルーブを重視したドラム、緊迫感と静けさに満ちた重くシリアスな曲展開で、オリジナルティーを確立した。そのサウンドはビートダウン・ハードコアと呼ばれ、ニューヨーク・ハードコアに新たなサウンド・スタイルをもたらせた。ここからビートダウン・ハードコアは始まった。

TERROR ZONE(テラー・ゾーン)


出典:Discogs
Bulldoze(ブルドーズ)のボーカル、Kevone(ケヴィワン)がかつて在籍していたバンドがTERROR ZONE(テラー・ゾーン)だ。1996年に発表された『Self Realization: A True Lesson In Hard Core(セルフ・リアリゼイション:ア・トゥルー・レッスン・イン・ハードコア)』は、こちらもBulldoze(ブルドーズ)と同じく、スローテンポで重くダウンチューニングされたギターやOiコーラス、ヒップホップの歌い回しなど、ビートダウン・ハードコアのサウンドスタイルを確立した作品だ。Bulldoze(ブルドーズ)との違いは、当時ニューヨークで流行していたクリシュリナ・コアを取り入れた部分。若干実験的に感じるのも、このバンドの特徴か。

Neglect(ネグレクト)

ネグレクト
出典:Discogs
Neglect(ネグレクト)は、ビートダウン・ハードコアのなかでも、ヘイト・コアと呼ばれるほど、憎悪と憎しみにあふれたバイオレンスなアティテュードを持っている。1994年に発表されたデビュー作『End It!(エンド・イット)』は、痛みや絶望や憎しみや怒りに満ちた歌詞で、怒りと憎悪に満ちたサウンドを展開していた。ノイズと重厚の中間にあるショートしたようなパワーコードのギター、リズムが乱れ怒りを叩きつけるドラム、怒りで理性が飛ぶようなブラストビート、天を衝くような怒声ボーカル。暴力的に立ち向かっていく攻撃的なアティテュード。それが彼らの魅力だ。

Next Step Up(ネクスト・ステップ・アップ)

ネクスト・ステップ・アップ
出典:HardcoreSverige
ボルチモア出身のNext Step Up(ネクスト・ステップ・アップ)は、バスケットボールのユニフォームを着たファッションで、スラムと不良の匂いのするタフガイ・アティテュードを全面に出し、ドスの効いたボーカル、スローテンポで重くザクザク刻むギターのリフなど、1995年に発表された2作目の『Fall From Grace(フォール・フロム・グレイス)』は、まさにビートダウン・ハードコアのど真ん中をいくサウンドを展開していた。

IRATE(アイレイト)

IRATE(アイレイト)
出典:facebook
ニューヨークはブロンクス出身のバンド。1995年にニューヨーク市で結成され、2006年までに解散。ビートダウン・ハードコアのサウンドスタイルに、デスメタルの要素を加え、進化させた。クロスオーバー・スラッシュにデスメタルを加えたオリジナルティーあふれるビートダウン・ハードコアを展開している。彼らが表現しているのは、長渕剛の“とんぼ”のような世界。歌われている内容は、人に対して無関心な都会の冷たさや、ニューヨークという街への憧れと幻滅。華やかなニューヨークという都会で、夢に破れたルーザーの心情を歌っているのだ。叙情的なメタルギターや怒れるデス声ボーカルが、嘆きのように聴こえるのも彼らの魅力のひとつだ。

Grimlock(グリムロック)

グリムロック
出典:Songs Of Immortality
ボストン出身のGrimlock(グリムロック)は、マッチョな肉体美でシャウトするライヴパフォーマンスが印象的なバンド。1995年に発表されたEP『Thirst For Immortality(サースト・フォー・イモータリティ)』と1997年の『Songs Of Self(ソング・オブ・セルフ)』は、ハンマーのように重くヘヴィーなギターに、格闘家が精神統一するような張り詰めた空気の静けさと緊迫感を取り入れ、ビートダウン・ハードコアの静の部分を極めた作品だ。

SHATTERED REALM(シャッタード・レルム)


出典:discogs
元FURY OF FIVE (フューリー・オブ・ファイヴ)と元SECOND TO NONE (セカンド・トゥ・ノーン)のメンバーによって結成された、ニュージャージ出身のニュースクール・ハードコア・バンド。NoEchoのライター、Chris Suffer(クリス・サファー)の話によれば、2002年のアルバム『Broken Ties… Spoken Lies(ブロークン・タイズ…・スポークン・ライズ)』が、ヨーロッパ・ビートダウン・ハードコアの原型を作ったとされている。<すべての敵を征服し、苦しめ>や、<俺の復讐によって、すべての者が苦しむだろう>といった、他人を制圧するタフガイ・ハードコアの典型的な内容が、ギャングたちのリアルな精神と日常を歌った、初めての歌詞とされている。

ここではビートダウン・ハードコアと定義されるようなミディアムテンポの曲はない。スピーディーな激しさの合間に入るブレイクダウンから、静寂に満ちたスローテンポに変わっていくドラム。重さがぎゅっと濃縮されたメタリックなギターのリフ。ドスの効いたボーカルの怒声。メタリック・ハードコアに近いサウンドで、どちらかといえば、ヨーロッパのビートダウン・ハードコアに多大な影響をあたえた。ヨーロッパ・ビートダウン・ハードコアの先駆けとなるゴッドファーザー的な作品なのだ。

MADBALL(マッドボール)

マッドボール
出典:facebook
Agnostic Front(アグノスティック・フロント)のボーカルRoger Miret(ロジャー・ミレット)の実弟、Freddy Cricien(フレディー・クリシアン)によるバンドMADBALL(マッドボール)。1994年に発表された『Set It Off(セット・イット・オフ)』は、重さを重視したスローテンポなリズムで、Oiのコーラス、ヒップホップの歌い回し、ダウンチューニングされた重いギターを取り入れ、あとにビートダウンと呼ばれる重さとシリアスと静けさに満ちたサウンド形態の基礎を確立した。

Merauder(メラウダー)


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日本でニュースクール・ハードコア、極悪コアと呼ばれていたのがMerauder(メラウダー)だ。ハードコアのなかでも低く重くドスの効いたギターリフを刻み、ハイスピードよりもスローテンポのグルーヴさらに重視。1995年に発表された『Master Killer(マスター・キラー)』は、Bulldoze(ブルドーズ)よりもデスメタル色が強く、ザクザク刻むギターのリフが印象的。Merauder(メラウダー)自体ビートダウン・ハードコアにカテゴライズされていないが、彼らの出現により、ビートダウン・ハードコアを、より重くヘヴィーに、ブルータルな方向に導いたのは間違いない。

Hatebreed(ヘイトブリード)

ヘイトブリード
出典:facebook
そしてもっとも有名なビートダウン・ハードコア・バンドはHatebreed(ヘイトブリード)だ。とくに02年に発表された3作目の『Perseverance(パーシヴィランス)』は、超スピーディーなサウンドながらも、金属質で重いギター(Hatebreed(ヘイトブリード)以降のバンドに見られるスタイルのギターサウンド)や、ブレイクダウンするコーラスなど、ビートダウン・ハードコアの要素を随所にちりばめた作品だ。『Perseverance(パーシヴィランス)』はアメリカで22万枚近く売れ、ビートダウン・ハードコア・シーンを一躍有名にした。

最後にアメリカのウキペディアによると、Shai Hulud(シャイハルード)、Strife(ストライフ)も、ビートダウン・ハードコアに入るらしいので、ここで触れておく。フロリダ出身のShai Hulud(シャイハルード)は、日本で叙情コアと呼ばれ、エモーショナル・ハードコアから進化し、エボリューション・レコーズ系のバンドが“エモがスクリームした”と呼ばれたころのスクリーモに近いハードコア。メロディーの帯びた叙情的なギターに、スクリーム(叫び声)をあわせたサウンドが特徴のバンド。Shai Hulud(シャイ・ハルード)は彼らしかない個性をもっており、個人的には好きなバンドだが、ビートダウン・ハードコアの定義からは、外れている。

Strife(ストライフ)も、個人的にはビートダウン・ハードコアの定義から外れている。アティテュードはタフガイというよりも、ストレート・エッジでポリティカル。CHAIN OF STRENGTH(チェイン・オブ・ストレングス)のユースクルー・ハードコアを現代版に進化させたバンドだ。現在Strife(ストライフ)自体ストレート・エッジではないらしい。歌詞は自己との闘いなどについて歌い、サウンドはメタルよりで、CHAIN OF STRENGTH(チェイン・オブ・ストレングス)のような変則的なリズムや、メタリカのようなスラッシュメタルのギターフレーズ、OiコーラスやRage Against the Machine(レイジアゲインスト・ザ・マシーン)のようなラップなどを取り入れ、典型的な西海岸ハードコアを展開している。またEarth Crisis (アース・クライシス)と仲のいいバンドでもあった。